「お断り」
掲載者の意図以外の検索対象となっているようです。
営業電話応対記録「お断り」部分を削除してあります。
10/11/20 改訂・・・
きまぐれりれき(2000年04月)
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2000/04/30
(Sun)
 (00/05/15記述):PCを使用していないので日録が残っていない。 何をしたかも思い出せず。
2000/04/29
(Sat)
 (00/05/15記述):二日酔いである。というよりまだ酔っている。 が妻子にたたき起こされる。 本日は目黒のグループとお台場でバーベキューなのである。 『よし祥』に集合して車4台に分乗してお台場へ。 私は運転免許も持っていないので二日酔いでも酔っ払い状態でも問題無しなのである。
2000/04/28
(Fri)
 (00/05/15記述):突然のPCダウン。
1月に再セットアップした私のPCは、その時より朝会社にくるとPCの電源が落ちていたり落ちていなかったりと不定状態であった。 再立ち上げをすると時々はスキャンディスクが走ったりセーフモードになったりしていた。 だまして使用していたが、本日はスキャンディスクの途中で論理エラー発生。 それ以降は、セーフモードの立ち上げも効かなくなった。 数度に一回は、かろうじてDOSモードで立ち上がる。 1月の時には不調ながらもLANで他のPCにデータを移行できたのだが今回はそれも不可能となる。 開発環境とドキュメントはサーバーにあるが、自分の日録、メール、パソコン通信のログ、会社資料はこのPCにしか入っていない。 こんなものを私がこまめにバックアップしているはずもない(泣)こんな日に限って私は、楡周平の「クラッシュ」を読んでいる。
 飲み会があったので本日はさっさとあきらめる。気がついたら目黒で朝だった。
2000/04/27
(Thu)
 (00/05/15記述):M社I氏より電話。 同氏はご自宅でケアセンタ(介護派遣業務)を運営されていらっしゃる。 そこでホームページを開設したい、という話である。予算取りのお話らしい。 ちょうど前回失敗したN社の時の見積もりがあったので見積書をFAXする。 が、その後は連絡無しなので単なるアイミツだったか。
2000/04/26
(Wed)
 (00/05/15記述):某東花卉園芸の精算書自動FAXの件。 現在2時間かかっているのを、30分程度に縮めたい。との事。 このシステムはPCを2台使用して300件ほどのデータをほぼ2時間で終了させている。 つまり1件の処理は1分以内で処理している。 PCを8台導入すれば30分でできるでしょうと実現性のない話にしてしまう。  L社U氏来訪。うるさい営業のせいで画面が決まらない、という。 そんなんでこちらもずるずると待つわけにもいかない・・・という愚痴を『丸福』で話する。
2000/04/25
(Tue)
 From ****TEL。運転資金。お断り。
 From ***TEL。レンタルサーバー事業の営業。株価暴落の話でからかおうと思ったが止めた。お断り。
 From ****TEL。資産運用の営業である。新人らしくマニュアルを見ながら話をしているのがミエミエである。 「その作文の朗読を止めろ!」といったら怒り出した。当然お断り。
 From *********TEL。資格商法である。お断り。
2000/04/24
(Mon)
 総務Y女史より、「給振をFAXで申し込むと手数料が無料となる」との銀行宛ての申し込み用紙を貰う。 無料はよいのだが銀行からは振込確認書がFAXで送られてくるという。 別にどうでもよろしい事だがプライバシーを含めたデータが無条件に送られてくるわけである。 「絶対に貴方がFAX受信をするのならよろしいでしょう。出来ますか?」という事で却下。
 総務Y女史より、「I会計事務所の自動引き落とし通知に臨時引き落としの通知が来ている」との話。 臨時引き落としは決算処理時の臨時報酬以外にはありえない。 問合せを依頼するとどうやら普通の会社の3月決算と間違えたらしい。
 総務Y女史より、「I社に依頼した会社のメモ用紙のロゴが指定通りになっていない件で、先方が作り直すので返却して欲しい、といっているが実は1冊使用してしまった」という。 ロゴの一部に網掛けを依頼したのだが、黒ベタに塗りつぶしてきた。致命的ではないのでそのまま使用する事にする。 I社は「前回と同じ名刺」を発注しても活字を微妙に変更してしまったりが、しょっちゅうである。
2000/04/23
(Sun)
 お誕生祝いという事で、H家訪問。 H家とは家族ぐるみの付き合いで既に25年も付き合っている間柄である。 H家のダンナさんは二年前から当社の社員でもある。ヨメさんとの話のついでに会社の話題の方に移ってきた。 おいおい、俺はこんな席で会社の話などしたくもないのだ。
2000/04/22
(Sat)
 喉は相変わらず痛んでいるが、私の風邪は一日で治った。今度は妻の方に風邪が移ったらしい。 夕食もあてに出来ないか、と思って東急ストアでつまみを買い込んで帰る。 やはりチョー簡単夕食の手巻き寿司であった。
2000/04/21
(Fri)
 本日も松本検収に関してのスタンバイ状態。
 I社N氏来訪。同氏は当社Hの元の会社の同僚(上司)である。内視鏡関連の設計をされているらしい。 ノイズ対策が一番の問題であるとか話を聞いたがあまり理解できず。Hと飲みに出かけるらしい。 仕事にもつながってくれればよろしいのだが。
2000/04/20
(Thu)
 悪寒がすると思ったら風邪の様相を呈してきた。 大量の発汗で寝ていると、左手は見えるのだが右手はいくら動かしても全然視界に入ってこない。 これは、「ついに左脳がいかれてしまった」と自覚してツレアイに救急車を呼ぶように頼んだ。 救急車は呼んだが不安はなかった。やっぱりな、とか思って変に安心して待っている。 と、目が覚めた。左手の親指が読みさしの本に挟まれてしびれていた。
 社員のKがL社の仕事の検収で松本に出張しているので、寝ているわけにもいかないので出社する事にする。
2000/04/19
(Wed)
 午前中は休みの連絡を会社にすると、S女史が代表印が欲しい、という。 不機嫌も手伝って、「午後では駄目か」というと、「午後は休み」だという。 勝手に押捺するように指示して再び寝る。
 結局午後3時頃に会社にのこのこと出かける。特異日というものは存在するらしい。 本日は社員のうち5名が全休または半休していた。喉は痛いし体調も最悪である。
2000/04/18
(Tue)
 L社U氏、T氏来訪。打ち合わせ。仕事の後、当然U氏も参加するだろうと思って飲み会とする。 が、U氏はパス。T氏、K、W女史とで『紋平』へ。その後W女史と目黒になだれ込む。 『はちまき』『藍』と廻って気がつくと朝になっていた。
2000/04/17
(Mon)
 稼動状況監視プログラムの構想を練る。今回のテーマは見栄えだけを考える。
2000/04/15
(Sat)
 本日は、天王洲アイル・TVハーバーでGさん夫妻の結婚10周年記念パーティである。 家族全員で参加する。Gさんはカナダ人で奥さんは日本人である。子供が3人。 子供達はみんなハーフである。あたりまえか。Gさんの長男(小学1年生か)が日本語で乾杯の音頭をとる。 「僭越ながら私の父と母のために・・・」との挨拶が一番受けた。 私はハーフ&ハーフの地ビールで腹がいっぱいである。二次会は目黒『よし祥』
2000/04/14
(Fri)
 今年最高の暑さではないだろうか。
 社員は忙しそう(何が忙しいのだろう?)なので、Kさんにメールを出してクモの巣張って待ち受ける。 しっかり引っかかってくれたのでいそいそと『紋平』に行く。行く先は伝えておいたので後からSが来る。 気軽に話せるKさんの前なのでだいぶ愚痴も出たような気もする。毎度聞いてくれてありがと。
2000/04/13
(Thu)
 やっとAIBOの正式申し込み用紙が届いた。
 L社U氏来訪。二千円問題の開発予定と計数機の稼動状況監視ソフトの具現化についての打合わせ。
2000/04/12
(Wed)
 二日酔いで午前中は休む。A社S氏より久しぶりに電話あり。 S氏は私の元の会社の後輩で神戸で同業社を営んでいる。関東地区でCプログラマーを探している、という。 うってつけのW女史がいるが、出向というのでお断りとする。
 夕刻は元の会社のOB会が新宿『ライオン』で開催。 午前中休んで体調を調えておいたので二次会まで持たせる事が出来た。
2000/04/11
(Tue)
 均等配置、引っ付き文字表示、目盛配置計算まで目鼻がついたので、時系列グラフ構想はW女史の勉強用として引き継いでしまう。 また、暇になった。
 S社G氏来訪。L社に提出する重量秤による装填物検証システムの見積の御相談である。 S社はL社に当社が紹介した。今回は見積単価と見積工数のすりあわせである。おっとっと。 これも目鼻がついたのでキックオフパーティとして『藩』で飲んで二次会は『周乃家』で飲む。
2000/04/10
(Mon)
 W女史用のPCがやっと搬入された。計測器からの自動データ投入型時系列グラフ構想を練る。 モノになるかどうかはわからない。 暇つぶしのパズル解きのようでもある。
 千葉に納入した機械でデータ収集が出来ないという。 どうやら工事で基幹システムを納入しているT社がLAN設定を無茶苦茶にした事が判明。 店舗のレジがどんどん無反応状態になったらしい。
 夕刻はPC搬入祝いとして『丸福』で、W女史とKとで飲む。
2000/04/09
(Sun)
 娘と日暮里へ。連日の日暮里行きである。 日暮里駅の近く(北口)には昔懐かしい駄菓子屋の問屋がある。 交番で聞いたところによると以前は70件くらい問屋が並んでいたらしい。 現在は狭い小路に一列に10件ほど並んでいるだけである。 麩菓子、梅ジャム、花丸せんべい、型押し、酢昆布。子供はリュックに入りきれないほど買い込んだ。
2000/04/08
(Sat)
 毎年恒例となった谷中霊園での花見に参加する。 これは、前の会社の先輩の墓参りを兼ねているのである。 場所取りの手伝いで早目に行くつもりが例によって二日酔いだったので遅刻参加。 花見の場所は偶然が重なりたまたま散会するグループが場所を空けてくれたと いう事で広々とした場所が確保できた。 その場所を空けてくれた人と名刺を交換していた人がいて、上野の焼肉屋で二 次会となる。 先方もまさか当日に来られるとは予想もしていなかったらしい。
2000/04/07
(Fri)
 一見勉強家のYさんが勉強ばかりしているので、気分転換にhtmlの勉強を兼ねて公正取引委員会の文書の打ち込みを依頼する。 あ〜また仕事を造ってしまった。「仕事は造るな、仕事を創れ!」は、私のモットーなのである。
 フロッピーを送付したF社に電話。プログラムの入換え操作とテストのための起動を依頼。 結果の連絡が無いので再度電話をした。 「いつも使用している人がいないのでテスト印字の仕方がわからない」という。 こっちもわからないので放っておく事にする。
 別のF社より電話あり。「お宅様のホームページはあるのでしょうか?」げげっ。 ついつい「特にありません」と答えてしまった。 実は営業所に電話をしたら誰もでないので連絡先を知りたいというのである。 このHPには営業所で扱っているパッケージ情報が一切載っていないのである(泣)  いいのか?いーくないな。そろそろ何とかしないといけない季節だよ>Mr.Y
 思い付いて、自宅の娘宛てにFAXする。 本日は小川と橋本の遺恨試合の実況放送日ではないか(プロレスの話です)。ビデオ録画の依頼をする。 新入社員の歓迎会をとるか放っぽらかして自宅で実況放送を見るか・・・悩んだ末の苦渋の妥協行動である。
 めったに行かない飲み屋(歓迎会会場)で、N社K氏とばったり遭遇する。先方はお客さんを連れてきていたらしい。 二次会は合同して目黒『よし祥』へ。
2000/04/06
(Thu)
東京地方桜満開宣言
 遅刻気味(いつもか)で出社したら、L社U氏が来訪していた。 S社(神奈川)の一昨日の再インストールでトラブルがぽろぽろと出たようである。 昨日二日酔いで休んでいた担当のKがしおらしく対応しているので口を挟まない事にした。
 昼にA社O女史から電話。同僚のH女史と恵比寿の中華料理『筑紫楼』で昼食をするというので、いそいそ出かけて御会食。先日のH女史のお兄さんの葬儀の会葬お礼も兼ねていたらしい。 会葬お礼といっても、私はO女史に香典の立替え依頼をしただけで会葬していなかった。 立替え分の清算をする。 あっ、こっちで持とうと思っていた会食を割り勘にされてしまったので、香典袋代が入っていなかったか。
 開発環境が既に無いと思っていたので、明日訪問予定としてあったF社の手直しの件。 気になって古いPCの本体を持ち出してきて、CRTとキーボードを付けてW女史に調べてもらったら、何と開発環境が再現できたではないか。 慌ててコンパイルとリンクを依頼してプログラムをF社に宅急便する事にした。 これで明日は松戸まで移動しなくとも済んだ。よかったよかった。 明日は心置きなくW女史の歓迎会としよう。
2000/04/05
(Wed)
 S社K氏より電話。恐れていた(危惧した|予想した)通りの事がおこったらしい。 T社から発注予定の物件の件である。弊社宛てに発注予定であったが内作で作成したいといってきたらしい。 見返りに別の物件を発注したいとのうかがいを入れてきた。まったく天下のTJのやる事か! 現在までの足掛半年のサポート実費を含めてどのようにするか。 公正取引委員会から「ソフト開発業の委託取引に関する実態調査について(協力依頼)」という文書が来ているので後で使用するか。 (後日リンク予定 改訂04/10日)
 会社の中であまりにも馴れ過ぎて当たり前と思っていた事々をW女史が引っ掻き回してくれている。 喜ばしい傾向である。他の社員も刺激を受けて発憤してくれればなおよろし。
2000/04/04
(Tue)
 W社S氏T氏来訪。 RFIDの非接触式張付けタグの現物と読み書き可能なハンディスキャナのデモ。 その最中に都合よくL社U氏も来訪したのでさるカセットにすべてID番号を振る構想を練る。
 新入社員のW女史には自分用のPCの購入を依頼する。OSもメーカーもスペックも問わないでご予算内で購入してもらう。 これはお仕着せの機械ではないという自覚を持ってもらうためと言い訳をさせない為なのである。
2000/04/03
(Mon)
 4月1日より本日まで雪の中に埋もれていた。信じられないでしょうが梅もいまだに咲いていない。 2日の朝は堅雪渡り(かたゆきわたり)が出来たらしい。 らしいというのは私がおきた時刻が既に堅雪状態ではなくなった時刻であったからである。 これ(堅雪)は何かというと日中の春の日差しで新雪の表面が溶け出し夜の寒気で溶け出した水分が凍り付くのである。 見渡す限りの雪原の上を雪にぬかる事無く歩きまわれるのである。 自転車で走る事もできる。山の斜面に駆け上がり杉の葉を尻に敷いて滑り降りたりして遊ぶのである。
 
 
 
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