[調査報告]奥会津伴天連考

ある日 FAXが届いた・・・
    AT社OT氏から、08年2月14日付けの日経新聞文化面記事である。
    会津に残る禁教下でのキリシタンの痕跡を石仏や史跡で調査しているという牧 師(K氏)の記事である。
    これは、、反応しなくてはなるまい(笑)




    Date: Tue, 19 Feb 2008 15:15:46 +0900
    Subject: [調査報告]奥会津伴天連考
    From: Jin Igarashi

       会津関連新聞記事をFAXにてご恵送いただきました。
      日経新聞の文化面とは、渋いところからよくぞ見つけられましたね。
      全然知りませんでした。

      「文化」つながりで、ITさんもご笑納下さいませ(^^;

      タイトル:「会津に隠された祈り」
      副題  : 石仏や史跡を調査、禁教下でのキリシタンの痕跡を研究。
      記事著者:小*千*。


■「会津に隠された祈り」(日本経済新聞文化面:08/02/14)によせて■
 駄法螺編

 記事中にある、「会津鑑」「新編会津風土記」などの書籍は、会津の歴史を 趣味の人にはいわばバイブルのようなもので、「鑑」とか「新編」などと省略 して書いてもすらすらと判るもののようです。「新編会津風土記」は特に、柳 田国男の著述にも、「『新編会津風土記』によれば、、、」というフレーズで よく出てきます。
 「歴史春秋社」は会津の地方出版社でやはり歴史物の出版を得意としている 出版社です。これらの地方出版社の関わりは、2月5日の朝日新聞夕刊第一面 の連載シリーズ物「人脈」にも載っていました。
 「名君と言われた保科正之(ほしなまさゆき)」は徳川幕府の土台を作り上 げたということで、その出身地の信州高遠(たかとお)(松本市?)と会津若 松市は連携して、NHKの大河ドラマに保科正之が主人公の作品のドラマ放映 運動をおこしているほどです。
 さて、会津におけるキリシタンの件です。会津若松には「レオ氏郷南蛮館」 という建物もあります。この建物名は、キリシタン大名だった蒲生氏郷(がも ううじさと)の洗礼名、レオからきています。昔からあったわけではありませ んね。観光用の資源です。また、猪苗代には昔からのキリシタン関係の(隠れ) 建造物が存在したらしいというのは聞いた事がある気もします。
■訂正(08/04/30)
保科正之の高遠藩は、松本市ではなく長野県伊那市高遠町でした。
ドラマ放映運動は「名君保科正之公の大河ドラマをつくる会」(会長・小坂樫 男伊那市長)が活動をしています。08年4月29日現在で26万人以上の署 名が集まっているそうです。
(数字情報は福島民友ニュースによりました。)

 ここまでは、ほんと(^^;

 遺跡などで見つかる「十字」というのは、本来意図(隠)した十字であった かというのは難しいものです。

 では、わたし(五十嵐)の周りの奥会津にバテレンはあったかをよくよく考 えてみた。あった!それもわたしの名字に!
 わたしは常々「五十嵐」と書いて「いがらし」と読ませるのはなんだかおか しいと思っていたのだ。五十嵐の名称は第11代垂仁天皇第八皇子「五十日足 彦(五十日帯日子)」に由来しているといわれています。この読みは(五十= イ、日=カ、帯、足=タラシ、日=ヒ)となっています。
つまり「五(い)十(が)嵐(らし)」ではなく、「五十(い)嵐(がらし)」 なのです、音韻に些少の違いがあるのは、錦織と書いてニシコリと読む音韻変 化のようなものなので気にしないことにする。よくみると、無くてもよい「十」 の字をわざわざ付けているのですね。EUREKA!というほどではないが、 ここに、「十」があるではないか。見え見えで「バレテン」ぢゃんかい。

 こほん、、えー、奥会津の村々(集落)には、古い神社や薬師堂、稲荷様な どは集落に一つではなく沢山あります。そういった神社の前には大小の差はあ れ、鳥居という建造物があります。
 が、奥会津の鳥居には、十字型の形象の鳥居があるのです。これは小堀さん (記事の著者)も気づいてはいないことです。
 普通の鳥居は、たいてい「干干」、このような形象をしています。
 キリシタンの奇跡で、鳥居の島木(シマギ)が朽ちて笠木(カサギ)は崩れ、 額束(ガクヅカ)から真っ二つに寸寸(ずたずた)と寸断されると、ほらね、 柱(ハシラ)と貫(ヌキ)が残れば、はい、十字架の出来上がり。

 干干 → 寸寸 → 十 十

 間に「寸寸」を持ち込んで、ゲシュタルト的に崩壊遷移させたこの説明は秀 逸でしょう!

 冗談ではないのです、この「十」が「土」になってしまう前に、日本の基層 文化としての奥会津を守らなければいけません。
 奥会津は、日本列島の北西部分の分水嶺の地にもあたります。そして、奥会 津は日本の原風景の心の記憶と基層文化の分化の分水嶺でもあるのです。

                  自虐天司/十十十十十嵐


    Date: Wed, 20 Feb 2008 12:38:03 +0900
    Subject: Re: [調査報告]奥会津伴天連考
    From: "&T'sDESIGN"
      う〜む、なるほど。
      五十嵐にクロスの意味合いがあったとは!!

      隠れハギシリちゃん
      こと
      OTでした。

    Date: Wed, 20 Feb 2008 14:03:36 +0900
    Subject: Re: [調査報告]奥会津伴天連考
    From: Jin Igarashi
      こんにちは、ころびバテレンの五卍嵐です。
      受けを狙うと、いろいろとクロースます。

※メール送付時の、誤字脱字は一部校正(構成)しました。
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