ファーブル昆虫記の世界
物語

■■ファーブル昆虫記の世界・物語■■

怒らないでね(((^^;




『ファーブル昆虫記の世界』展

■きっかけは、、

 ずっと、カンケさんのブログをみていた。
ブログ 『記憶の森をあるく』(http://kanke.cocolog−nifty.com/)である。
 8月に出版される『会津学第4号』への原稿書き(草稿)が毎日のようにア ップされている。
 その一つのテーマは、南郷村(現南会津町)の月田農園の取材である。月田 農園の先代の月田茂氏は南郷村大字山口字台の地名について誰に依頼されると もなく記録していた。地図にも記されることも無いその地方だけの通称であ ったり、月田氏の先祖の家族だけが使っていた言葉かもしれない。そこは、非 居住者であるところの役人が上から命名した地名ではなく実際の生活から生ま れた地名とそして南郷村山口の歴史と文化と知恵が詰め込まれた場所なのであ る。
 そして、カンケさんも、自ずと共感してご自分の住む地域の地名について聞 取り調査をされていらっしゃる。

     ・・・1986(昭和61)年当時は、山中についている地名 呼称、地図に掲載されていないけれども地域の人々が呼び親しん でいる地名の聞き取り作業をひとりではじめた。猟師の父・清一 と親戚の渡辺新八さんに大字小野川地域の地名を聞いた。これは 『会津学2号』に私が「記憶の森をあるく」として紹介している。
    (カンケブログ『記憶の森をあるく』(http://kanke.cocolog−nifty.com/) より)
 そして、東京では、イガラシ氏が奥会津昭和村の地名をデジタル手法で収集 して一部をデータベース化して、そこから感じる事々を机上でディテクティブ ごっこをしている。イガラシ氏の調査もどきには、実際の聞取り、フィールド ワークが無いところが致命的といえば致命的ではある。実際の現地(現場)を 調査することも無く、行き当たりばったりにおいしそうな地名を見つけては食 い散らかしているといっても過言ではない。バチあたりである。
氏の性格上ウケは狙っているが、打算が無いのがホンの少しの救いといえばい える(よいしょ)。が身過世過では家人及びその他には迷惑が掛かっている。
やはりバチあたりである。

 がしかし、思い(想像)が共時性をもって通ずるときが時々ある。このよう な経緯である。

 ある日カンケさんにメールを差し上げる。


■カンケさんへのメール。

Date: Wed, 21 May 2008 17:03:01 +0900
Subject: [引用許諾願い]根堀場のこと
From: Jin Igarashi
 ・・略・・
 ここ数日のブログには、圧倒されました。
それもストーリーのある謎解き小説のような趣きもあります。感動中です。
睡眠はされていらっしゃるのでしょうか。ご自愛ください。

 さて、そのブログの中に「根堀場」の単語が出てきています。
両原のおかしな地名「腰巻」「天狗屋敷」「根堀場」について少しだけ暖めて いたことがありました。「福島県内の市町村字」部までの地名(正確には住所 ですね)はパソコンにデータベースとして入れています。34215件あります。
が、字部の下(小字)の地名、通称等は入らないので、学術的には地名と住所 を混在して判断するのは邪道でしょうが、「天狗屋敷」「根堀場」という住所 は手持ちの福島県内の住所では、昭和村にしかなかったのです。それで頭の片 隅に残っていました。

 その「根堀場」が、ネホッパとして現れてきましたのでびっくりしました。
ついつい「ネホッパの語源はわからないが・・・」の節を引用させていただき ましたのでお許しください。
 ご多忙のところ、恐れ入ります。よろしくお願いいたします。

                            /五十嵐

  昭和村のあいうえお 追補
  http://www.asahi−net.or.jp/ ̄KD5J−IGRS/showa_aiueo/annotation.htm#ne_01

    ■掲載文

    【ね】
    根堀場のこと
    両原に根堀場という地名がある。何の根を掘ったのだろうかと思っていた。

    ところで、谷口研語氏の「地名の博物史」を読んでいると、東日本には根小屋 という地名が広く分布している。根小屋とは、中世の城下集落のことで、山上 に防衛施設としての山城を築き、その麓に日常生活する居館が置かれていた。
    この山城の麓の居館あるいは集落を根小屋という。
    (参考:「地名の博物史」谷口研語・PHP新書 P.57より抄録)
    とある。
    この根小屋とは関係は無いかと普通の辞書で「根小屋」をひくと「山上に築い てある城を中心にした町」という説明とも「江戸時代、樹木の根を買い、これ を看板あるいは床間用の板などにして売ったもの。」ともある。これで根堀場 と繋がったように思っていた。

    そんなある日(これを書いている当日ですが)、カンケさんのブログ『記憶の 森をあるく』を読んでいると、「語られる地名のもつ意味」の条に、根堀場が 出てきた。カンケさんは既に20年以上前(1986年)から、地名の聞き取 り作業をはじめられ、そのことは『会津学2号』に「記憶の森をあるく」とし て執筆されていらっしゃる由。そして、南郷村山口の月田農園の先代、月田茂 氏がまとめられた地名由来記にまで行きつかれた。
    その月田茂氏の著作、地名由来の中で、 南郷村の根堀場は「42 ネホッパ」 として紹介されている。

    孫引きで(それも草稿中!?)恐縮ですが、その一部を引用させていただきま す。
      ネホッパの語源はわからないが、「根掘場」でどうであろうか、 と思ったことがある。 終戦前の松根油増産の頃の松根掘りのころである。
      (月田茂氏)

    わたしは、根掘場から想像しても歴史知らず現場知らずのために答えにたどり 着けなかった。月田氏は「ネホッパ」という発声から「根掘場」を思い立ち、 そしてその理由をご自分の体験から引き出されている。そして、断言はされる ことなく一箇の感想として、そして歴史の事実(客観)を述べておられます。
    嗚呼。

    (08/05/21)


 メールのお返事が届いた。
そこには、このようにあった。

■カンケさんからのご回答。

 了解しました。菅家

 ・・・簡潔、である・・・。

 まさか、「ご自愛ください。」に対しての「了解しました。」というご挨拶 ではないだろうか、と少し不安になるほどである。が、超多忙中でも返信を下 さることに感謝する。心の中だけで感謝して、思い入れの多い感謝のメールを 再度差し上げることは、よけいに邪魔をすることになる。やはり控えたほうが よいだろうと判断した。まずはこの場で感謝の意としておく。

 こうして、バチあたりのイガラ氏(長いのでもう1文字省略する)は、単語 一つ分の知識だけ成長した気がしてきた。そして、カンケさんのブログもとど まることを知らず、「月田農園物語」として、草稿段階で400字詰め原稿用 紙で175枚(7万字)となんなんとする。この字数はイガラ氏が数えたわけ ではない、これはカンケさんのブログに書かれています。

■次のきっかけ

 と、そのブログからは次のきっかけが立ち現れて来た。その「次のきっかけ」 とは、バチの話である。
 カンケさんのブログに戻ると、月田農園の現在の園主、月田禮次郎氏との取 材が写真付きで一部会話体のままの文章が出てくる。文章を読んでいるだけな のに、その場に立ちあったか、取材のビデオを見ている気分にもなってくる文 章である。引写したいが、これを引写していくと○○中央テレビの報道制作局 アナウンサのブログ盗用事件になってしまう。それこそバチあたりめ!

 原文(最終稿)は「会津学第4号」か関連ブログで参照いただきたいので、 引写さないで抄録すると、

    −スズメバチの標本写真がある−

     月田氏がそれを、ネット(網)で取ったことや、ワンカップの瓶 に入れたがフタが弱いので焼酎のペットボトルを見つけて酒屋でい っぺ買って飲んでから使うことにしたこととその機能性について説 明する。
     どうして採集してみようと思ったのかとの問いには、リンドウの 花に来るハチを全部集めてみっかと考えたのがきっかけで一年間の テーマとして、集めてみると、それはそれはいろいろな種類が集ま った。カンケさんの取材では、その一つ一つの特徴と性質を事細か に説明して下さるのである。
    (抄録文責:五十嵐)

 イガ氏(長いのでもう1文字省略する)も、小さい頃は昆虫少年だったので ある。あるときは、山椒の木についているアゲハチョウの幼虫を採ってきたこ とがある。
 山椒の葉っぱごと15センチ角ほどのダンボールの箱にいれておいて縁側の 軒下に置いてしばらくの間、忘れていたことがある。ある昼下がりに何故かそ のことを思い出した。乾いた土の匂いのする日向で、そーっとフタを開けると、 その箱からアゲハチョウが飛び出したのだ。寺山修司もかくやと思われるほど の展開ではないか。あまりに鮮明な記憶過ぎるので、ほんとに自分の体験だっ たのか自分でも疑ってしまうほどであるが、奥会津を離れての高校、大学時代 にも♪夏になると思い出していたことを思い出せるので年のせいの勘違いでは ないことは断言できるのである。自慢話はいつでも出来るのでここは主題に戻 ろう。はい。

 その、月田農園の月田禮次郎氏の事である。月田禮次郎氏は父親である茂氏 の遺志をきっちりと引き継がれ、そして、誰にお願いされたわけでもなく、誰 に見返りを求めるものでもなく、ただその地域(奥会津)の生活者としての個 人の意志だけで始められたことなのである。

     ご尊父の月田茂氏は、山に咲いていた(地生の)ヒメサユリが
    「あんまりきれいだったもんだから」
    の理由だけで誰も栽培をした事の無いヒメサユリの栽培に二十年の 年月を掛けて地域の産品にまで生長させたのである。
    (BOON文化シリーズの第5巻『生きる』(奥会津書房)に掲載 とある。孫引です)

     そして、月田禮次郎氏は、
    「リンドウの花に来るハチを全部集めてみっか」
    だけで、奥会津(南郷村)のスズメバチの全種類を採集してしまっ たのです。

 嗚呼、なんと、月田禮次郎氏は、奥会津のファーブル先生ではないか

 と、イガ氏は断言できる確証を持ったのである。
いつかどこかで、奥会津のファーブル先生こと月田禮次郎氏にお会いしたい。
お会いしたいとはいえ、イガ氏は月田氏のこともまだよく分からず、奥会津の 話題もままにならないのである。つまり、知恵も知識も満たない。仮にお会い (遭遇)できたとして、

    イガ氏:「こんにちは、」
    月田氏:「ああ、こんにちは、」
    ・・ドキドキ・・・
    イガ氏:「いい天気だなっし、」
    月田氏:「ああ、んだが、今日あたりは雨にも降ってもらわねぇとな、」
    ・・次が続かず・・・無理だぁ、、、

■いしあるところ回廊も海路もあり

 そういえば、世田谷区南烏山の世田谷文学館では、6月8日まで、特別展と して『ファーブル昆虫記の世界』展を開催中ではないか。

 「そうだ、世田谷文学館でファーブル先生に会ってこよう」。
 と思い立ったのは、初夏には少し前の風さわやかな2008年5月24日 (土)のことであった。奥会津ではブナの木が光合成で緑の色と匂いで山も川 も包み始める頃である。
 思い立つと、何故か机の上に『ファーブル昆虫記の世界』展の招待券がある のである。共振性とはこういう事をいうのであるな。イ氏(流れの関係でもう 1文字省略する)の意志しないところで、世界が予定調和的に動いていること もある。これは、ちょうどその時にライアル・ワトソンの『アースワークス』 (ちくま文庫)を読んでいたのでなおさらの感である。

 Where there's a will, there's a way. だぜい!

 勿論、ワトソン氏のその本にはこんなことは書かれてはいないが。

 予定調和には原因もある。気象庁の予想の後出し説明も予定調和といっても よい程度の事象かもしれない。その程度の原因(言訳)であれば何を探したっ て見つかりそうな気もするが、「昨日の雲の動きからの説明はどうでもよい、 どうして昨日の雲の動きになることを一昨日から説明できないのだ」とねじ込 んでいくと複雑系(フラクタル)の世界に入り込んでしまう。単語以上の説明 が出来ない。数日の気象現象を予想するだけの気象庁のコンピュータ(シミュ レータ)がこの程度の(低い)精度であることに、イ氏は少し安堵するのであ る。それよりも遥かに複雑であろうところの地球シミュレータの精度を推量で きるからである。完璧な地球シミュレーションが出来たとしたら、国、宗教団 体、科学機関その他関係機関はそのシミュレーションそのものを発表するであ ろうか。
 グレートウィル(Great Will:大いなる意志)という言葉がある。このWI LLとはどの位置にあり、また、何と何と・・・何と何との総和であろうか。  人が感応できるほどの、Small Willは東アジアから日本、遠野、そして奥会 津には昔々は遍在していました。それらはカタカナでカミとも呼ばれていまし たね。彼等達はどこにいってしまったのでしょう。
 現在日本に蔓延しているのは、「グッドウィル」とかいう似非Willやア マテラスではなくアステラスとかいう薬屋さんとか。株券を電子化したって紙 屑となってしまうことは名前で知れる。それは「屠り」「放り」という名前に なっている、よくよく馬鹿にした話です。ひょっとして名前で既に説明責任を 果たしているのかしらん。大国営放送のインサイダーしかり、既に日本はイン フラ自体が崩壊の道をたどっています。


■閑話休題(と書くしかあるまいね、、)

 こほん、イ氏がファーブル先生を思い出したところに、エジャナイカエジャ ナイカと空からお伊勢様のお札ではなく、『ファーブル昆虫記の世界』展の入 場券(切符)が舞い降りて来た件である。それをここで語ると、またまた、予 定調和にもほどがあるほどの経緯があるのである。

 この切符は、5月半ばになってから、オオツキ氏から「切符が余っているが 所望ありや?」とまずは第1信としてメールで降ってきたのである。正確には 5月15日である。「所望也」とメールでお答えしたら、5月16日には、郵 便受けに切手が貼られてスタンプが押された封筒の中に切符の実体そのものが 本信として降ってきたのである。そして、イ氏が『ファーブル昆虫記の世界』 展に出掛けようと思い立ち実際に世田谷文学館を訪問したのは、5月24日で ある。


■駄洒落は世界を救うか

 「こんこんちきの大嘘付き!何が共時性とか共振性とか予定調和だのグレー トウィルだのカミの話もどきと前振りが長すぎるのでおかしいとは思っていた が、事前準備済みでの小芝居、それも猿芝居ではないかい!」

 「そうだそうだ、ここまで読んで(少しは)感動したかも知れない気分の分 だけ大損した。読まさせられた時間を返せ!」

 えーと、説明が足りなかったかもしれませんが(まだ説明していない)、 確かに「奥会津のファーブル先生」を思いついたのは24日で、切符は16日 に入手済みでした。がしかし!『ファーブル昆虫記の世界』展の切符はイ氏が 意図して準備していたのではないのです。つまり、イ氏の中で共振が発生した のではなく、直接の関わりの無いカンケさんとオオツキ氏との間で共振現象が 発生したのです。

    ◇その理(ことわり)1
     イ氏がカンケブログの「月田農園物語」は大作となるであろうとの予感で、 同氏の文章をダウンロードして保管を開始したのが、5月14日午前11時 14分です。(仕事中ではないのか)。これはテキストファイルとして保管 したので、そのファイルのタイムスタンプで判明します。
    この読み流し行為から保管行為に移ったときに目に見えない何らかのシグナ ルが、Web→恵比寿→六本木と伝播したのです。
    そして、オオツキ氏が『ファーブル昆虫記の世界』展とイ氏には理解出来な い関連がありそうだと覚醒し、イ氏にメールをしたのが15日午前11時8 分です。

    ◇その理2(帰納的理解)
     地球上の生物の共振現象はインターネットよりも遅く、ほぼ一日掛かること もある。

     そして、その周りにもう一つの共振するかもしれない要素と必然といっても 間違いない大偶然がある。

    ◇その理3(ストレンジワード)
     月田禮次郎氏とオオツキ氏、ツキダとオオツキ、「ツキ」の一致。

    ◇その理4(演繹的展開)
     「『ツキ』がある」、とは「ラッキー」なことをいう。この大偶然が誰にツ キを呼んだか、、イ氏に呼び込まれたのである。ここにも何らかの加速と増幅 度を発生させる言霊(ことだま)がある。


 月田氏が「点き出した」標本に、カンケ氏が「関係し」て農園の話からスズ メバチの話にまで「進め(すずめ)」た。ここでイ氏が無「意し」きに何ら かのトリガを弾いた。最後のオオツキ氏の「大突き」で、なにかが実体化し た。

 ね、「こんこんちきのオオウソツキ!」ではなくて「ありがたやのオオツキ さま」なのです。うっそー。


■芦花公園駅へ

 芦花公園駅から外に出ると、風が変わった。雲が荒地のように動いている。
「荒地」というのは、ファーブル先生が暮らし棲み周りの小さな昆虫を愛で採 集し発表した土地の日本語名である。カタカナ名称を忘れてしまった。

 ここから、世田谷文学館までを歩く。一本道である、一度歩いているので迷 うことはない。それは07年11月24日のことであった。そのことは、
「植草甚一 My Favorite Things」展
(http://www.kkjin.co.jp/boso010_071125.htm) として掲載した。
こないだは一部道路工事中だったが今日は工事中もない。新開地の道路なので 文学館の近くまでは特に眺めるものもない。商い中かどうかが判らない怪しげ な蕎麦屋があるくらい。
 文学館の近くまでくると某女子寮の庭に板で補修された松の木が見えてくる。 このあたりからいきなり雰囲気が変わってくる気分がする。
 文学が立ち昇ってくるのである。「文学が立ち昇る」とはどういうことかと いうことは説明が出来ない。この「説明が出来ない」あたりが、文学なのかも しれない。「文学なのか」も判らない、判らないことだらけになってくるので ある。それが文学なのか??そ、それが文学なの!という結論である。奥会津 も奥が深いが、文学もなかなか奥が深い。くわせ者である。食わせる者がいる ので、ついついこうして道草も食ってしまうことになる。


■1階展示会場にて

 パネル写真を見た。ジオラマがあった。子供や親子連れが覗き込んでいる。 ひとりでじっと覗き込むには少し気が引ける。ジオラマはあるが生きているフ ンコロガシはいない。
 図版の原版はほとんど無いのだそうだ。展示している図や写真も現存してい る出版物からの二次コピーが多い(らしい)。
 超細密の自筆の手紙やノートは本物らしい。ただ、文字は全然読めない(理 解出来ないだけ)。文字が読めない分だけ、それらしく見える手紙の真似は出 来そうだな、などと思う。写真よりも、やはり手書の図版(の印刷か)がよい。
イラストもものにするOT氏などは嬉しくて覗き込んだり、実際のペンの動き を空でなぞったりしてしまうのではないかと思う。こういう事(流行でいえば エア描きですね)をしたいときには、やはり、ひとりで展覧会に来るに限ると 思う。
 300人は入ろうかと思われる講演室ではファーブル昆虫記のメーキング映 画の上映をしていた。ぽつりぽつりと5人ほどが視聴している。わたしも、そ の5人から幾何学的に一番離れたイスに座って見る。途中から見たので、もう 一度最初からその座るときに見たであろう途中まで、つまり折り返して一回分 を見る。


■ムットーニに出会う。

 2階は常設展がある。前回の時にも、常設展があるらしいとは判っていたが、 何故か廻ってみようとは思わなかった。わたしの文学に対する態度はその程度 だったのである。
 2階に足を踏み入れた途端に足が止まった。まだ足は踏み入れられていなか ったかもしれないくらいに微妙に足が止まったのである。それは電飾からくり 装置のせいである。その存在はどこか(本かテレビか)で見ていたかもしれな い。それが、ここにある!
 ムットーニ氏の作品である。大きな紙芝居もどきの直方体の箱がある。その 中には小さな舞台があり、電飾からくりで動く仕掛けである。それらが小説の ナレーションとシンセサイザーの音と連動して動くのである。案内板をみると、 指定時刻に開演するという。それは、3装置があり、小説をからくり舞台にし たもので原作がある。
 ひとつは萩原朔太郎「猫町」、もうひとつは海野十三「月世界旅行」、そし て中島敦「山月記」の一場面である。中島敦はまだ読んだことがないが、「山 月記」は中国の伝説を元にしたような妖気の小説である。全てハイカラなブリ キおもちゃの感覚があり、奇妙に懐かしい。たまたま見た(入った)ときには、 「月世界旅行」を演奏中であった。その後の「山月記」も見た。
 「猫町」が見たい。
 「猫町」は04年10月10日に、「猫町 他十七編」(岩波文庫)で読ん だ。読んだときには、稲垣足穂の「一千一秒物語」を想起した。ある時代には 萩原朔太郎と稲垣足穂はライバルだったのかもしれない。いや、想起した順序 は逆である。「猫町」を読んだきっかけは、嵐山光三郎の「追悼の達人」(新 潮文庫)という本から説明しないといけない。
 「追悼の達人」は同年の9月12日に読んでいる。これは、「文人悪食」に 続く嵐山光三郎流日本近代文学史とでも言えば良いのだろうか、49名の文人 の死の弔辞追悼哀悼にまつわる話を書いている本である。その49名の中に、 萩原朔太郎のくだりがあった。そのくだりの中で、嵐山光三郎はエピソードと してこの様に書いている。

    『猫町』に関して、稲垣足穂は「あんな思いつきだけを売物に するような感想や屁理屈をならべないほうが芸術家らしかった」 と手きびしい。
    (「追悼の達人」P.380)

 これを読んでいたから、稲垣足穂と萩原朔太郎はなんだか関連のある感覚を 持ったライバルだったのだろうと思ったのだ。勿論、稲垣足穂→松岡正剛←→ 稲垣足穂↑↓松岡足穂↓↑稲垣正剛×÷松垣足剛+−稲岡正穂∞稲垣足穂ワー ルドというセンは大ありでもあるが。セイゴヲ氏がタルホニウムと名づけると ころの、セルロイド、ブリキ飛行機、星、鉱物、月、などといった言葉で想起 されるような奇妙な感覚になる小説家である。
 その稲垣足穂氏がちょっかいを出したという曰く付きの萩原朔太郎の『猫町』 である。
 その「猫町」の映像化、映像化ではない、実写版、いや実写ではない、その 小説の3D、いや3Dに見せたのではなく、その小説そのものが実体としてあ るのだ。
 「猫町」が見たい。
 案内板の時刻表(開演スケジュール)をみると、あと2時間待てば見ること が出来る。悩む。今日は特別な予定があるわけではない。時間はたっぷりであ る。何を悩む。実は「芦花公園駅から外に出ると、風が変わった。」のである。
本日は午後から大雨の予想などである。つまり、
♪傘が無い〜「猫町」が見たい。♪かっさが無い〜。濡れて帰るも構わないが、 『ファーブル昆虫記の世界』の展示目録を買う予定なのである。おまけにポス ターも付いてくるのである。こちらは濡らしたくない。

    「それに、『ファーブル昆虫記の世界』だけでは不満なのか?」
    ・・・いいえ。
    「ムットーニに会いに来たのか?」
    ・・・いいえ、たまたまです。
    「からくり舞台を3つも見て頭に入るのか?」
    ・・・いいえ、入りません、先ほどの驚愕でわたしのキャパは一杯です。
    「ムットーニは常設展らしいぞ、そのときには心の準備をしてまた来るかい?」
    ・・はい、そうします。

 ムットーニの展示場所は、2階の入口で、まだ「世田谷をテーマとした」文 学展まで入っていないのである。また来ればよいと思いながらざーっと眺める。
大江健三郎の生原稿、北杜夫の生ノート、二木悦子のノートによる4年並列日 記、坂口安吾などで少しだけ立ち止まる。ゴジラの着ぐるみの現物まである。
消化できない、これはまた来るしかない。
 ただし、「いつでも来れる」と思うことなかれだな。わたしは、いつでも行 けると思っているのでいまだに東京タワーにもアークヒルズにも行ったことが ないのだ。
 「では、何時再来?」
 そ、それは、この次にオオツキ様からのお伊勢様のお札が降ってきたときで す!(きっぱり)


■おひらき

 1階の売店に戻る。前回とは様子が違う、
 あんなに沢山積んであった植草甚一の書籍がない。代わりにファーブル関係 の本が積んである。あ、わたし、『ファーブル昆虫記の世界』展に来てたんだ った。
 真鍋かをり似のアルバイト?のおねいさんがいない。
 カウンタには「50円玉不足にご協力ください」との張り紙がある。前回は 100円玉だった。どうやら入場券の料金の端数に関係するらしいとは後で気 づいたこと。無料招待券を持っていた強みで、いったいいくらだったのか気に も止めなかったからである。

 展示目録を買う、ポスターもついてきた。
こんどは、来た道を戻らずにそのまま歩けば大通りに出ることに気づいて、 某女子寮、学生会館だったかの透水性タイル張りの歩道を歩く。風が強くなっ てきた。靴の下にくちゃりくちゃりという感覚がある。下を見ると小さな木の 実が落ちている。そばの桜の大木から落ちてきたのだ。5ミリくらいの直径で ある。これもサクランボというのだろうか。そろそろ降り出してくるだろう。

 二人のファーブル先生の事を考えながら歩いた。
ファーブル先生にはのどかさと土を感じるのである。なぜだろうと考えた。
と、ダーウィンが頭に浮かんだ。そういえば国立博物館では「ダーウィン展」 が開催中であることも思い出した。これも降ってきたらどうしよう。6月1日 は上野公園で奥会津出身者の会合がある。それに間に合ってしまったらどうし よう。いや、切符の話ではないのである。

 ファーブル先生にはのどかさと土を感じるのは「ファーブル」という発声そ のものにも「のどけさ」を感じるなあ、と思ったのである。それで比較対照と してダーウィンを思ったのである。はるばる海峡を渡ってガラパゴス諸島を探 検探索研究をした。そして進化論を打ち立てたダーウィンには強さを感じるの である。「ダーウィン」という発声そのものにも強さを感じないか、そう、ひ しひしと感じてしまうのです。「ダー!Win!」なんちゃってな。
(はいはい、お開き!)
                 /恵比寿にて・ファンブル


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