[抜書き] 『こぶしの上のダルマ』


『こぶしの上のダルマ』南木佳士・文春文庫
2008年4月10日 第1刷

    こぶしの上のダルマ   山と海   ぬるい湯を飲む猫   稲作問答   洗顔と歯磨き   集落の儀式   歩行   麦草峠   解説:池上冬樹  


     田んぼと低木のほかに何もない土地に建てられた日本医療団の宿舎で、三ヵ月の任期を終えて解団式の飲み会をやったとき、司会を任され、団長の挨拶のあと、
     「どうも、団長、いつものようになんだかわけの分からないお話をありがとうございました」
     と、やったら、亡き外科医は腹を抱えて笑いころげてくれた。
    (『山と海』P.74)


     それを認め、意識し続けるのはとても大切なことだと子どもたちも分かっているようだったが、大事なことだらけの日常は隙間がなくて息がつまる。 よほど注意しないと、ぴったり積み重ねられた、底冷えのする厚いレンガ壁の内でみなが窒息する。
    (『ぬるい湯を飲む猫』P.90〜91)


     トラは寒くなると二階の寝室に来て、掛け布団の下のほうを占領して寝そべったり、明け方の、室温が最も低下する時間帯には、冷たい鼻を頬に押し付け、布団を開けろ、と催促してからもぐりこんでくる。 そのまま布団の中で寝てくれればいいのに、いくらか温まると、また外に出て、布団の上の好きな場所で寝る。
    (『ぬるい湯を飲む猫』P.97)


    西野 土地はあるけど、銭はねえだよお。
    −− 不動産っていうのはそういうことでしょう。 動かない財産。 あのねえ、西野さん。 もしも、わたしがこのくらい広い田畑を受け継げる立場だったら、医者になんかなっていなかったかもしれませんよ。 江戸時代の田舎では、村医者は農家を継げない次男、三男の仕事だったっていう話を読んだことがあります。 動かない財産から、元気で働いてさえいれば毎年利息が得られる。 米や野菜が獲れる。 ねえ、これ以上の財産持ちはいないはずですよ。
    西野 おめえもなあ、いい歳になっただから、たら、れば、の話をするじゃあねえよ。 もしあんときそうだったらってのはなあ、あんときそうじゃなかったいまの自分が思ってるだけのもんだだよ。 あんときそうしなきゃあならなかったいまの自分がな。
    (『稲作問答』P.117)


    西野 まあ、こういうもんは先祖から受け継いだもんだから、ありがてえにはありがてえと感謝はしてるだよ、おれだって。 ちょうどなあ、リレーの選手のバトンみてえなもんだな、こういうもんは。 生きてる間はおれのもんだけど、渡しちまえば息子のもんだわな。 おれだっておやじから受け取ったわけだからな。 バトンを持ったら、走るっきゃねえじゃねえた。 なんだかんだ言ったって、それだけのもんだぞ、一生なんて。
    (『稲作問答』P.119)


    西野 するってえと、また、あれだろう。
    もし、日本の銭が価値をなくしたら、おれの作る米だの野菜だのだけが大事になってくるっていう話だろう。
    −− あれ、その話、前にしましたっけ。
    西野 おめえも歳したなあ。 去年、川の向こうの田んぼで稲刈りしてたとき、散歩です、とか言ってふらふら歩いてきて、へらへらしゃべってたじゃねえかい。 なんだか、こういう豊かな実りの現物を見せられると、いくら銭を積んでも、西野さんが米を売ってくれない日が来るような気がしてなりません、とかよお。 こっちは腰が痛くって、猫の手も借りてえっときに、猫の手にもならねえ野郎がとぼけたこと言ってやがらあって、腹が立ったからよく覚えてるだよ。
    (『稲作問答』P.120)


    西野 そりゃあ、たしかにだめだな。 あんなせめえ部屋で、ちかちかするような蛍光灯の下で、毎日、じいさん、ばあさんばっかり相手にして、お迎えが来るの来ねえのって、おんなじような話ばっかりしてるから、ぼけちまうだよ。 おれなんぞ、明日の天気を予想してさあ、消毒はいつするか、肥料はいつまくか、水の深さはどのくれえにするかって、けっこう考えてるだぞ。 そうしてみるとなあ、去年とおなじ、なんて年はねえんだな。 十年前とおなじ年もねえ。 だからなあ、おれはこう思うだ。 人が一生のうちで経験する一年一年なんて、みんな違う天気なんだわなあ、ってな。 だから、よく、稲の作柄は平年並みだ、とかニュースで言うけどなあ、平年並みなんてこともねえよ。 豊作か不作か、それっきりだ。 そういうものを平均したのが平年並みってことだろうが、だとしたら、平年なんて年はありっこねえじゃねえか。
    (『稲作問答』P.122)


     だから、休みの日は古典的な日本の常民の朝食をしつらえる。 三十代の後半までは平日の夜にも一、二枚は創作可能だった小説やエッセイの原稿は、気力体力の低下の著しいいまでは休日にしか書けないから、早朝より起きだすため、腹が減っているし、言葉選びで頭が疲れているときは、手先を動かす料理が格好のリハビリの手段となるのもからだが覚えた。 字を書き連ねていると、書かれた一言が次の半句を呼び、それが積み重なるほどに加速する不気味な引力にひかれてぐんぐん深みに入ってゆく。 なんだか、このまま活字だけの、からだそのものが寄りかかる大地と地続きの構築物のまったくない世界から抜け出られなくなりそうな恐怖感を伴いつつ、憑(つ)かれてキーボードの入力作業に没頭する。
    (『洗顔と歯磨き』P.140〜141)


     書き始めてみて、文章の癖を消すのに苦労した。 ここのところずっと、意識して主語を明確にしない小説やエッセイを書いてきた。 ぼくが、わたしは、と記すのが、なにかしら大儀になってきて、ならば、どうしても明記せねばならぬ箇所では、己、ですませてよいのではないか、と書き進めてみたら、このほうがかえって中年以降にさしかかる、底上げの世から降りてくる心境をうまく表現できるようで、あえてわざとらしく三人称の登場人物を創り上げたりもせずにやってきている。 すると、不思議なもので、ぼく、わたし、を用いるよりもずっと、文章の癖が目だってきた。 名札をはずしたら、総身の特徴で他人に知ってもらうしかない。 そういう意識が、身をなぞるような書き方に反映するらしい。 書きついでゆくと、やがて、知ってもらおうとする欲が希薄になる。 執拗に重ねる推敲は己そのものを忠実に描写するためだけの作業と化す。 すると、文章の癖はさらに強くなってしまう。
    (『洗顔と歯磨き』P.152)


     「実生はなあ、直根がはえるだ、直根。 垂直のちょくに根のこんで、ちょっこん。 この根は垂直にずんずん伸びて、木を支える中心になるだ。 苗木を植えてもなあ、直根はすぐにははえねえだ。 だからなあ、実生から育った木は、雨風に強いだぞ。」
     「なるほど」
     「なるほどって、本なんぞ読んでばっかりいるから、なんでもすぐに分かったような顔ばっかりしてやがって、このやろうめが」
     「すみません」
    (『集落の儀式』P.188)


     この地域では、女は七十代から上は自分のことを「おれ」と呼び捨て、それより下は「あたし」という。 よそ者や、年下がむかしからの行事を合理的に改善したりしようとしてなにか提案すると「おじゅうくを言うな」と退けられ、がまんにがまんを重ねた末に先輩の酒癖の悪さを諌(いさ)める後輩は「ちょんきをこくな」と叱られ、若者が新奇なことを企てれば「しゃいなしをするな」と止められる。 これらの言葉がまったく通じない土地に住んでみて、保守のための禁止の方言のきわめて豊富な地域に生まれ育ったことをあらためて認識しなおしたのだった。
    (『集落の儀式』P.190)


     先日、ある読書会で出会った南木佳士ファンの女性が、”南木佳士さんは常備薬なんですよ”と言っていたのを思い出す。 ”いつも身近なところに置いておいて、疲れたり、気持ちが落ち込んでいるときに読むとすっと楽になる”と。 常備薬という言い方は、南木佳士が医者であることからの発想だろうし、その比喩だけを取り出せば、ややCMのコピー的に聞こえて浅薄かもしれないが、しかし南木佳士ファンなら、その見方に納得されるのではないか。 その女性は、南木佳士と同じく佐伯一麦(さえきかずみ)も大好きだという。 ともに私小説の作家であり、どちらも病をえて、深い森の中に迷い込んで、そこから言葉を紡いでいる印象を抱かせる。 内面の奥深くで濾過された言葉が読む者の心に染み通るのである。

    (『解説:池上冬樹』P.224〜225)




    11/06/17・・・11/06/19・・・