[抜書き]『日本の神話と十大昔話』


『日本の神話と十大昔話』
楠山正雄・講談社学術文庫
2003年3月20日 第34刷発行

    目次
    『日本の神話と十大昔話』と『日本童話宝玉集』

     神話

    世界の誕生
     一 世界の初め、人間の初め  二 日と月  三 火の神
    夜見(よみ)の国
     一 鬼の群れ  二 人間のいのち
    闇と光
     一 ただ泣き  二 誓い  三 天の斑駒(あまのぶちごま)  四 天の岩屋(あまのいわや)  五 罰
    素戔嗚命(すさのおのみこと)
     一 八岐の大蛇(やまたのおろち)  二 国引き(くにびき)  三 木の種
    大国主命(おおくにぬしのみこと)とその兄弟
     一 白うさぎ  二 赤い猪(いのしし)
    大国主命と素戔嗚命
     一 蛇とむかで  二 ねずみ  三 むくの実と赤土(あかつち)
    あけぼのの国
     一 八千矛(やちほこ)の神  二 小さい神  三 賭け(かけ)  四 粟の穂(あわのほ)  五 幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)
    神々のたそがれ
     一 天若彦(あまわかひこ)  二 きじの使い  三 鳥の会葬(とりのかいそう)  四 お国ゆずり
    日の御子(ひのみこ)
     一 猿田彦  二 もろい花
    海幸山幸(うみさちやまさち)
     一 海のお宮  二 満潮の珠(みちしおのたま)、干潮の珠(ひしおのたま)  三 海の産屋(うみのうぶや)

     十大昔話

    桃太郎   花咲じじい   かちかち山   舌切りすずめ   猿かに合戦   くらげのお使い   ねずみの嫁入り   猫の草紙(ねこのそうし)   文福茶がま(ぶんぶくちゃがま)   金太郎

    昔話と再話 序説(二) 楠山三春男
※抜書き時に“ルビ”については適宜省略、また位置を変更した。


    神話

    大国主命(おおくにぬしのみこと)とその兄弟

     一 白うさぎ

     その時分、素戔嗚命(すさのおのみこと)の初めてお下りになった出雲の国とはすぐお隣の因幡の国(いなばのくに)に、八上姫(やがみひめ)というきれいなお姫さまがありました。 八十神(やそがみ)たちはめいめい、この八上姫をぜひお嫁さまにもらいたいと思って、大騒ぎをなさいました。
     何しろ何十人とある神さまのことですから、その中でどなたをお選びしていいのか、八上姫のほうでも困ってしまいました。 そこで八十神たちは相談の上、
     「これはいっそみんなで八上姫の所へ行って、だれか好(い)い人を一人より出してもらおうじゃないか。 運よくそれに当たったものが、八上姫の婿(むこ)になることにしよう。
     こう言って、みんなぞろぞろ、出雲の国から因幡の国へ出かけてお行きになることになりました。 その時大国主命(おおくにぬしのみこと)が、
     「おにいさま、わたしも行きとうございます。
     とおっしゃいますと、八十神たちはみんなばかにしたような顔をして、
     「何だ、末ッ子(すえっこ)のくせに生意気な小僧だ。
    それよりかお前はこれでもしょって、供をして行け。

     と言って、八十神たちの食べ物や衣類などを入れた大きな袋を、大国主命の背中にお背負わせになりました。 大国主命はすなおに、はいはいと答えて、おにいさまたちの後からお供をしていらっしゃいました。
     八十神はやがて出雲の国を出はなれて、因幡の国の気多の崎(けたのさき)という浜辺へおいでになりました。 するとそこに、ひいひい苦しそうな声を出して泣いている者がありますから、そばへ行ってみますと、かわいそうに若いうさぎが一匹、どうしたのか体の毛をむしりとられて、赤肌ののまま砂の上をころげまわっておりました。
    (《日本の神話と十大昔話 大国主命とその兄弟》P.63〜65)


     八十神たちはその様子を指さして、おもしろそうに笑っておいでになりましたが、中で一人、いちばんいたずらな神がうさぎに向かって、
     「ばかなやつだ。 そんなに苦しがっていることはない。 ただれた体のすぐ元のようになる法を教えてやろう。
     とおっしゃいました。
     そう聞くと、うさぎはたいそう喜んで、
     「どうぞ後生(ごしょう)ですから、教えて下さいまし。
     と言って、幾度も幾度も、砂の上にお辞儀(おじぎ)をしました。 神はもったいぶった顔をしながら、
     「そんなことはわけはないよ。 すぐと海の中に入って、塩水(しおみず)を浴びて、それから山のてっぺんの吹きさらしの所へ行って、風に吹かれて寝ているがいい。 するとただれた肌が乾いてすぐ治る。
     とお言いになって、みんなまたぞろぞろ行っておしまいになりました。
    (《日本の神話と十大昔話 大国主命とその兄弟》P.65)


     うさぎはいたずらな八十神たちにだまされるとは知りませんから、すぐ言われたとおり、海に入って塩水につかって、吹きさらしの山の上に寝ていました。 そのうち塩がだんだん乾くにつれて、皮がぴりぴりわれはじめてきましたからたまりません。 前よりも十倍も百倍も苦しくなって、死ぬような声を出して、ひいひい泣きながら、砂の上をころげまわっておりました。
    (《日本の神話と十大昔話 大国主命とその兄弟》P.65〜66)


     さて大国主命は、おにいさまたちの後からお供をしておいでになりましたが、何しろかさばった、重たい袋を背負っておいでになるので、思うように足がすすまず、一町(いっちょう)おくれ二町おくれして、いつの間にかずっと後になって、一人ぼっちとり残されておしまいになりました。
    (《日本の神話と十大昔話 大国主命とその兄弟》P.66)


     やがて命(みこと)がようよう気多の崎(けたのさき)までおいでになりますと、赤肌にされたうさぎがひいひい泣きながら、砂の上をころがっていますので、いったいどうしたのだと言ってお尋ねになりました。
    (《日本の神話と十大昔話 大国主命とその兄弟》P.66)


     うさぎ八十神たちにだまされて、ひどい目にあったお話をして、またおいおい泣きました。
    (《日本の神話と十大昔話 大国主命とその兄弟》P.66)


    あけぼのの国

     一 八千矛(やちほこ)の神

     さて夜見(よみ)の国からお帰りになった大国主命(おおくにぬしのみこと)は、ひいおじいさまの素戔嗚命(すさのおのみこと)の昔のお住まいになった出雲の国にお宮を建てて、日本の国を治めておいでになりました。 その時分はまだ天と地が二つに分れて、日本の国のかたちがやっとついたまま、何百年という間も、国を治める人もなく捨ててあったものですから、出雲の国の外(ほか)には日本中どこもまるで開けた所はありません。 山は森のような木が伸びほうだい、野は木のようなちがやが茂りほうだい、岩の陰にはぬえのような気味の悪い大鳥(おおとり)が住み、淵の中には八岐(やまた)の大蛇(おろち)のような恐ろしい怪物のいることもめずらしいことではありません。 天と地を分かれたといっても、まだ何となくはっきりとしないようでした。 空はどんよりと、いつも雲や霧が深く、日の光も思いきってはささないようですし、それに地(じ)もまだほんとうには固まらないものですから、そこらが何となく水づいて、じめじめした沢や池に、水草や藻の花が陰気らしく、うじゃうじゃ咲いていました。
    (《日本の神話と十大昔話 あけぼのの国》P.86〜87)


     大国主命は素戔嗚命のお志(こころざし)を継いで、一日も早くこのみだれた日本の国を治めたいとお思いになりました。 そこで八千矛(やちほこ)といって大きな矛(ほこ)をお突きになって、毎日毎日けわしい山坂をかけ下(お)りかけ上(のぼ)り、道のない谷川を伝い歩いて、日本の国中(くにじゅう)をお歩きになりました。 そして人を苦しめる怪物を退治したり、悪魔を亡ぼしたり、物を食べることも、夜寝ることも忘れて、おしごとに精をお出しになりました。 みんなは命(みこと)を八千矛の神(やちほこのかみ)と呼んで畏(おそ)れておりました。
    (《日本の神話と十大昔話 あけぼのの国》P.87)


     二 小さい神

     こうして大国主命は、あいかわらず国々をめぐり歩いておいでになりましたが、ある朝命(みこと)は出雲の国の美保の崎という所へおいでになりました。 まだ日の出ない前で、海の上は朝靄(あさもや)が深くこめていましたが、靄の中からかすかに歌を歌う声がしました。どうしたのかと思って見ていらっしゃいますと、海の上にだんだん明るい光がさしてきました。 そして火とり虫の皮をはいで作った着物を着た小さな神さまが、お芋の葉でこしらえたかわいらしい舟に乗って流れてきました。
    (《日本の神話と十大昔話 あけぼのの国》P.88)


     あんまり小さい、かわいらしい神さまなので、大国主命はつい手を伸ばして、舟ごと波の上からお拾い上げになりました。 そして手のひらにのせて御覧になりますとりっぱに目鼻がついて、ちゃんと人間の形をしているので、おもしろがって鼻をつまんだり、頭をたたいたり、腰をつかんでぶらさげてみたりなさいますと、その小さな神さまはたいへん怒って、いきなり飛び上がって、大国主命のほおぺたにひどくかみ付きました。 命(みこと)はびっくりして、
     「あなたはいったいどなたです。
     とお聞きになりますと、小さい神さまはぷんぷん怒っていて返事もなさいません。
    (《日本の神話と十大昔話 あけぼのの国》P.88〜89)


     命もお困りになって、家来たちにお尋ねになりましたが、だれも知っているものがありません。 そこらのや、木の上にとまっているや、草の上をはっているにまでお尋ねになりましたが、だれも知っているものがありません。 その時、やぶの中からのそのそと一匹のひきがえるがはい出してきて、
     「それは案山子(かかし)の久延彦(くえひこ)が存じているはずでございます。 あの久延彦は、いつもいつも田の中に一日立ちどおして、足は一足(ひとあし)も歩けませんが、何でも世の中のことで知らないということのない神でございます。
     と申しました。
    (《日本の神話と十大昔話 あけぼのの国》P.89)


     その時久延彦(くえひこ)は、お尋ねに答えて、
     「それは神産霊の神(かみむすびのかみ)の末(すえ)のお子さまで、少彦名命(すくなひこなのみこと)という方(かた)です。
     と言いました。
    (《日本の神話と十大昔話 あけぼのの国》P.89)


     そこでさっそく高天が原(たかまがはら)へお使いを立てて、どういうわけで少彦名命(すくなひこなのみこと)が下界へお下(くだ)りになったのですかといって、おうかがいしますと、神産霊の神(かみむすびのかみ)は、
     「なるほどあれはわたしの子どもにちがいないが、小さいくせにあんまりいたずらなので、わたしの手のひらの上でふざけて、かけまわる拍子に、指のまたからぽろりとこぼれて、下界へ落ちてしまったのだ。 これからは大国主命と兄弟になって、日本の国(にほんのくに)を治めるがよい。
     とおっしゃいました。
    (《日本の神話と十大昔話 あけぼのの国》P.89〜90)


     大国主命はたいそうお喜びになって、神産霊の神(かみむすびのかみ)のお言葉のとおり、少彦名命(すくなひこなのみこと)と御兄弟のお約束をなさいました。少彦名命は体こそ小さな神さまでしたが、それはそれは賢い神さまで、大国主命をたすけて、日本の国中(くにじゅう)の人たちのために、(かいこ)を飼って絹を織ることだの、薬をのんで病気を治すことだの、いろいろといいことをお考えになりました。 みんなはよく二人の神さまのお徳になついて、国中がよく治まりました。
    (《日本の神話と十大昔話 あけぼのの国》P.90)


     三 賭け(かけ)

     また大国主命は少彦名命とお二人で、たくさんのすきくわをお作りになり、土地を開いて畑を耕(たがや)ことをおはじめになりました。 土がまだほんとうに固まらずに、ぶくぶく沼のようになっている所は、石や砂を運んで踏み固め、水が四方に流れ出して湖水のようになっている所には、川を切り開いて水を流し、水づいて沢のようになっている所には、あしすげのような水草を植えました。
    (《日本の神話と十大昔話 あけぼのの国》P.90〜91)


     そのうちここもかしこにもあしすげが茂って、その長い穂がそよそよ吹く風に吹かれては動くので、日本の国を葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)というようになりました。
    (《日本の神話と十大昔話 あけぼのの国》P.91)


     ある日のこと、大国主命はいつものように少彦名命と連れ立って、国中をめぐっておいでになりました。あまりお天気がいいので、お二人の神さまはいい心持ちになって、うつらうつらお眠け(ねむけ)におなりになりました。 すると少彦名命は、
     「ただ歩いていると退屈だね。 何かおもしろいことをしないか。
     とおっしゃいました。
     「ああ、いいとも。 だが何をするね。
     と、大国主命がにこにこしながら、お尋ねになりました。
     少彦名命は少し考えていらっしゃいましたが、
     「一日重たいものをかついで歩くのと、一日小用(こよう)をしずに我慢をするのと、どちらが楽だろう。
     とおっしゃいました。
    (《日本の神話と十大昔話 あけぼのの国》P.91)


    神々のたそがれ

     一 天若彦(あめわかひこ

     そこで天忍穂耳命(あまのおしほみみのみこと)は、仰せに従って、まず天と地の間に架けた天の浮き橋(あまのうきはし)の上にお立ちになって、下界の様子を御覧になりますと、豊葦原の中つ国(とよあしはらのなかつくに)といわれた日本の国のどこもここも、何となく風立って鳥獣(とりけもの)はもとより草木(そうもく)や岩石までも口を利いて、がやがやざわざわ言っています。 その間には岩の間から火が燃え出したり、沼の底から光りものがしたり、悪魔の泣いたり笑ったりする声がけたたましく聞こえました
    (《日本の神話と十大昔話 神々のたそがれ》P.98)


     二 きじの使い

     「天若彦(あめわかひこ)、天若彦、お前を葦原の中つ国にやったのは、国にはびこる悪い神たちを説いて、降参させるためではなかったか。 もうそれから八年にもなるのに、なぜ御返事をしないのだ。
     と言って、やかましく鳴き立てました。
    (《日本の神話と十大昔話 神々のたそがれ》P.101)


     するとその時、天若彦の御殿に仕えている天の探女(あまのさぐりめ)という召し使いの女が、このきじのやかましく鳴き立てる声を聞いて気味を悪がり、天若彦の前へ出て、
     「門口(かどぐち)に何だかいやな声を出して鳴く鳥がございます。 気味が悪うございますから射殺しておしまい遊ばせ。
     と申しました。 天若彦は何の気もなく、
     「そうか。
     と言いながら、前に高天が原(たかまがはら)から下るとき、天照大神(あまてらすおおみかみ)のお手ずから頂いてきた天の弓(あまのゆみ)に天のかぐ矢(あまのかぐや)をつがえて、ただ一矢(ひとや)にきじを射殺してしまいました。 ところがさすが霊験のある矢ですから、きじの胸を射貫いた上に、ずんずん空の上まで高く飛んでいって、とうとう、ちょうどその時天の安の河原(あまのやすのかわら)においでになった天照大神(あまてらすおおみかみ)と高産霊の神(たかむすびのかみ)のおそばまで飛んでゆきました。 その時高産霊の神は、下界から逆さに矢が返ってきたのでおどろいて、御覧になると、矢の羽(はね)に生々しい血がついておりました。 その上よく見ると、それは八年前天若彦に持たしてやった天のかぐ矢でした。 高産霊の神は、外(ほか)の神たちにこの矢をお見せになりながら、
     「これは昔天若彦にやった矢だ。 いま、この矢についた血が、ほんとうにあの時の言いつけどおり、天若彦がこの矢で悪い神たちを退治してついた血ならば、決して天若彦には当たるな。 そうでなくて、天若彦が悪い心になっているならば、この矢はすぐに天若彦の災いになれ
    (《日本の神話と十大昔話 神々のたそがれ》P.101〜102)


     こうおっしゃって、命(みこと)はその矢をとって、今しがた矢が突き抜けてきた穴から、下界へお突き返しになりました。 すると、矢は案の定、天若彦が何も知らず床(とこ)の上に眠っていた胸の上にぐさりとささって、天若彦は殺されてしまいました。 きじの使いで行きっきりとか、返し矢が恐ろしいものだとかいうたとえは、これからはじまったということです。
    (《日本の神話と十大昔話 神々のたそがれ》P.102)


    日の御子(ひのみこ)

     一 猿田彦

     また鈿女命(うずめのみこと)は、猿田彦を送り帰して後、日向(ひゅうが)の国へ帰ってきますと、大小さまざまのお魚を残らず海端(うみばた)へ呼びよせて、
     「これこれ魚ども、お前たちはこれから永く日の御子(ひのみこ)の御家来になれ。
     と申しますと、魚どもは残らず、
     「へいへい、かしこまりました。
     と御返事を申し上げました。
     ところがその中にただ一つ、なまこだけが黙って何も言いません。 命(みこと)は女神(めがみ)でも気の荒いかんしゃく持ちの神さまですから、いきなり懐剣を抜いて、
     「これ、この口は返事の口の利けぬ口か
     と言ってなまこの口を切りさいてしまいました。そこでなまこの口は今も大きく裂けているのです
    (《日本の神話と十大昔話 日の御子》P.115〜116)


    十大昔話

    猿かに合戦

     かに柿の種をさっそくお庭にまきました。 そして、
      「早く芽を出せ、柿の種。
      出さぬと、はさみでちょん切るぞ。

     と言いました。 すると間もなく、かわいらしい芽がにょきんと出ました。
     かにはその芽に向かって毎日、
      「早く木になれ、柿の芽よ。
      ならぬと、はさみでちょん切るぞ。

     と言いました。 すると柿の芽はずんずんのびて、大きな木になって、枝が出て、葉が茂って、やがて花が咲きました。
      「早く実がなれ、柿の木よ。
      ならぬと、はさみでちょん切るぞ。

     と言いました。 すると間もなく柿の木にはたくさん実がなって、ずんずん赤くなりました。 それを下から見上げて、
     「うまそうだなあ。 早く一つ食べてみたい。
     といって、手をのばしましたが、背(せい)がひくくってとどきません。 こんどは木の上に登ろうとしましたが、横ばいですからいくら登っても落ちてしまいます。 とうとうかにもあきらめて、それでも毎日、くやしそうに下からながめていました。
    (《日本の神話と十大昔話 猿かに合戦》P.186〜187)


    金太郎

     このきこりと見せたのはじつは碓井貞光(うすいのさだみつ)といって、その時分日本一のえらい大将で名高い源頼光(みなもとのらいこう)の家来でした。 そして御主人から強い侍(さむらい)をさがして来いという仰(おお)せを受けて、こんな風をして日本の国中(くにじゅう)をあちこちと歩きまわっているのでした。
    (《日本の神話と十大昔話 金太郎》P.240)


     山うばもそう聞くと、たいそう喜んで、
     「じつはこの子の亡くなりました父も、坂田(さかた)というりっぱな氏(うじ)を持った侍でございました。わけがございましてこのとおり山の中に埋れておりますものの、よいつてさえあれば、いつか都へ出して侍にして、家の名をつがせてやりたいと思っておりました。 そういうことでしたら、このとおりの腕白者でございますが、どうぞよろしくお願い申します。
     とさもうれしそうに言いました。
     金太郎はそばで二人の話を聞いて、
     「うれしいな、うれしいな。 おれはお侍になるのだ。
     と言って、小踊りをしていました。
    (《日本の神話と十大昔話 金太郎》P.240)


     それから幾日も幾日もかかって、貞光(さだみつ)は金太郎を連れて都へ帰りました。 そして頼光(らいこう)のおやしきへ行って、
     「足柄山の奥で、こんな子供を見つけてまいりました。
     と、金太郎を頼光のお目にかけました。
     「ほう、これはめずらしい、強そうな子供だ。
     と頼光は言いながら、金太郎の頭をさすりました。
    (《日本の神話と十大昔話 金太郎》P.241)


     「だが金太郎という名は侍にはおかしい。 父親が坂田というのなら、今から坂田金時(さかたのきんとき)と名乗るがいい。
     そこで金太郎は坂田金時と名乗って、頼光の家来になりました。 そして大きくなると、えらいお侍になって、渡辺綱(わたなべのつな)、卜部季武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいのさだみつ)といっしょに、頼光の四天王と呼ばれるようになりました。
    (《日本の神話と十大昔話 金太郎》P.241〜242)


    昔話と再話 序説(二) 楠山三春男

     神話の世界

     (いにしへ)、天地(あめつち)(いま)だ剖(わか)れず、陰陽(めお)分れずあるとき、渾沌(まろかれ)たること鶏子(とりのこ)の如く、残滓(くぐも)りて牙(きざし)を含めり。 其(そ)の清(す)み陽(あきらか)なるものは、薄靡(たなび)きて天(あめ)となり、重く濁れるものは淹滞(つづ)きて地(つち)となるに及びて、精(くは)しく妙(たへ)なるが合へるは摶(あふ)ぎ易く、重く濁れるが凝(こ)りたるは竭(かたま)り難し。 故(か)れ天先(ま)ず成りて地後(のち)に定まる。 然(しか)して後、神聖(かみ)其の中に生(あ)れます。 故(か)れ曰(いは)く、開闢之初(あめつちのひらくるはじめ)に、洲壌(くにつち)の浮び漂(ただよ)へること、譬(たと)へば猶(なお)遊ぶ魚(うお)の水の上に浮べるがごとし。 時に天地(あめつち)の中に一物(ひとつもの)(な)れり、状(かたち)葦牙(あしかび)のごとし。 便(すなは)ち化為(な)りませる神を国常立尊(くにのとこたちのみこと)と号す。
    (《日本の神話と十大昔話 昔話と再話 序説(二)》P.242)


     『日本書紀』(『日本紀(にほんぎ)』とも)の初めの一節を、書き下し文に直して紹介してみた。 『日本書紀』全三十巻の、初めの一、二巻は「神代(じんだい)上、下」で、天地開闢(てんちかいびゃく)に始まり、古代の人々の信仰や所業を神々の物語として書き残している。 これより先にできた『古事記』は上・中・下三巻のうち、上巻が同様に神代の物語にあてられている。 いずれにしても、そこには神々の物語、つまり「神話」が語られているのだが、「神話」という言葉そのものは古くからのものではない。
    (《日本の神話と十大昔話 昔話と再話 序説(二)》P.243〜244)


     ギリシア語の「ミュトス」、英語の「ミス」あるいは「ミュトロギー」「ミュソロギー」といった外国語が、明治時代にはいってきたときその訳語として「神話」「神話学」という言葉が生まれた。 「ミュトス」「ミス」はもともと「話される言葉」の意味だったものが、物語の意味になり、さらに幅を狭めて神話に限られることになったという。 というのも、文字のない大昔の話はすべて「話される」ものであり、その内容は、神々を中心にしたものだったということになる。
    (《日本の神話と十大昔話 昔話と再話 序説(二)》P.244)


     こうして、神と人間との交錯のなかに、不思議なロマンを秘めて、神話は残された。 それを国家成立の前史として、意図的に記録することもあったし、人間ばなれした空想を羽ばたかすよすがともなった。 日本の神話は先にあげた『古事記』『日本書紀』のほか、『風土記(ふどき)』が、土地にちなむ伝説を記すなかにも、また『万葉集』にも歌われている。 これら奈良時代のものばかりか、次の平安時代の「祝詞(のりと)」「古語拾遺(こごしゅうい)」「旧事記(くじき)」にも、少しずつ違った神話が、前代の足りないところを補うように出ている。
    (《日本の神話と十大昔話 昔話と再話 序説(二)》P.245)