[抜書き]『文化と両義性』


『文化と両義性』
山口昌男・岩波現代文庫
2013年6月5日 第6刷発行
    目次
     岩波現代文庫版のためのまえがき
    第一章 古風土記における「文化」と「自然」
    第二章 昼の思考と夜の思考
      1 双面の神
      2 神話の普遍的文法
    第三章 記号と境界
      1 意味の多義性
      2 混沌と秩序の弁証法
      3 彼ら−−異人
    第四章 文化と異和性
      1 文化のプラクシス
      2 女のディスクール
      3 排除の原則
    第五章 現実の多次元性
      −−A・シュッツの理論をめぐって−−
      1 学の対象としての生活世界
      2 妥当性(レレヴァンス)
      3 ムージル『特性のない男』における多元的現実
    第六章 象徴的宇宙と周縁的現実
      1 世界の統一的把握
      2 周縁的現実としての夢
      3 社会における「中心」と「周縁」
    第七章 詩的言語と周縁的現実
      −−両義性の彼方へ−−

     解説   中沢新一


    第一章 古風土記における「文化」と「自然」

     古代日本において、混沌の意識がいかに文化の中に組み込まれていたかという点を知るために、我々にとって頼りになるのは、記紀神話よりも「風土記(ふどき)」である。 記紀神話の天地開闢(かいびゃく)の説話は、村落社会におけるそれを反映するより、高度に思弁的な叙述であったことは、今日人の等しく認めるところである。秩序と混沌のダイナミックなかかわりが、どのようなイメージを介して捉えられたかを知るためには『風土記』を手がかりにする方が有効であることはほとんど疑いを容れない。
    (《文化と両義性 第一章 古風土記における「文化」と「自然」》P.2)


     「古風土記」(奈良時代に編集された風土記)において、始源的混沌を表現するのに使われたのは「草木言語(ことと)ひし時」(『常陸国風土記』)という表現である。 同じ『常陸国風土記』の中に「荒ぶる神等、又〔石根木立〕、〔草の片葉もこととひて〕、昼は狭蝿(さばえ)なすさやぎ、夜は火のかがやく国」とある。 同じ表現は、信太郡高来(しだのこおりたかく)の条における普都大神(ふつのおおかみ)についての記述の中にも見られる。
      古老(ふるおきな)のいへらく、天地(あめつち)の権輿(はじめ)、〔草木言語(ことど)ひし時〕、天(あめ)より降(くだ)り来(こ)し神、み名(な)は普都大神(ふつのおおかみ)と称(まお)す、葦原(あしはら)の中津(なかつ)の国に巡(めぐ)り行(い)でまして、山河(やまかは)の荒梗(あらぶるかみ)の類(たぐひ)を和平(やは)したまひき。
     これらの記述に共通しているのは、「秩序」が造化神によって持ち込まれる以前の状態には草木が喋るという表現を与えられていることである。 本来人間に属している喋るという行為が、草木と結びつくのは、分類に基づく日常生活の秩序に反するものであることはいうまでもない。 日常生活の内側にあっては「草木」という分類項と「喋る」という動詞は結びつかないはずのものである。 こうした状態が風土記の世界では、神としては「荒ぶる神」と結びついたことは、前の引用で知られるところである。 「荒ぶる神」という表現は、それゆえ、混沌=反秩序=反分類=反日常生活という一連の、日常生活の側からみた否定概念に対応するものであるということが知られよう。
    (《文化と両義性 第一章 古風土記における「文化」と「自然」》P.2〜3)


     こうして土蜘蛛は、先住民、つまり、皇命の行き届いた「秩序」の支配する歴史的時間および空間の外にあるために、負の象徴性を帯びさせられる。 しかし彼らの暴虐は皇命に「まつろわぬ」という点を除いて、特に挙げられるわけではない。 彼らは、異なっている」という理由で誅されるのである。『肥前国風土記』健津三間(たけつみま)という土蜘蛛は、とても美しい玉を持って、人に見せないという理由で追討される。 このように好戦性という点では、むしろ天皇方の方が著しくその性格を帯びているといえるくらいである。 特に、天皇の側はダーティ・ブレイつまりだましうち、トリックの利用という点では、相手方を圧倒しているといってよい。
    (《文化と両義性 第一章 古風土記における「文化」と「自然」》P.9〜10)


    第三章 記号と境界

     1 意味の多義性

     主として神話の次元で論じてきた異和性の問題は、これを言語学的に、「多義性(ポリセミー)」という問題の立て方に移行させることによって、より広い次元で整理する手がかりが掴めよう。 言葉あるいは、語に歴史があるということを比喩的に考えてみると多義性の問題は、より容易に解かれそうである。 一つの語は、二つの軸によって規定される。音韻的要素が一つの軸であり、意味限定性が他の軸である形成期の語は新造語に見られるように、音声的側面が意味限定性に優越している。 前者は、その形態的索引力にょって様々な意味作用を惹きつける。 したがって、それは最も多義的である。 それほどでないにせよ、日常生活において一元的な意味作用しか行わないと思われるような記号も、意味論的にいえば、その底には多義的な意味を担う可能性を秘めているのである。 ことに日常生活の中心的部分、すなわちA・シュッツが「至高の現実」(第五章参照)と呼ぶような部分では、単一の意味しか担っていないような印象を与える語も、その形態による連想を通して密かに別の意味を培養しているといえる。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.55〜56)


     この多義的意味の問題は、リクールによると、語彙論的意味論の中に限定して論じることができる。 これはふつうは複合的意味(ポリセミー)と呼ばれるが、それはソシュール的に「意味するもの」(シニフィアン)と「意味されるもの」(シニフィエ)の関係において、後者の複数性として捉えることができる。 ソシュール言語学の枠内では、多義的意味の問題は通時(diachronie)と共時(synchronie)の双方の規定が可能である。 後者の場合は、まさに多義的な意味が同時に成立しているということができる。 前者の場合は多義的な意味が「意味の変化」「意味の転位」として捉えられる。 しかし通時と共時は、「新・旧」という形で捉えられる時、一つの体系の中に取り入れることができるから、決して対立するものと捉える必要はない。 しかしながらこれらの多義性は「意味するもの」と「意味されるもの」との内的な連関に基づいて述べられている。 これに対して記号を他の記号との関係において捉えられた時に顕れてくる多義性もあるはずである。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.58)


     W・M・アーバンは、「言語を知識の道具とするのはまさしく、一つの記号が他の事物を意味することをやめることなく一つの事物を指示し、それ故第二の事物に対してより表面的な価値を持つために、第一の意味がはじめから記号の中に組み込まれていなくてはならない」と述べる。 こうした作用は「語の累積的志向」と呼ばれる。 この作用は「両義性」の豊穣な源泉であるが、それは類推的予断の源泉でもあり、この作用のおかげで語の象徴的な力が始動し出すのである。 こうした語の意味の累積的な指示作用は、日本の美学では連歌の伝統において最も徹底して追及されたものということができよう。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.58〜59)


     ソシュール言語学的に象徴作用を説明しようとした時用いた概念が三つある。 一つは修辞法(レトリック)であり、一つは隠喩法(メタファー)であり、一つは換喩法(メトニーム)であるリクールはこの中でも後の二者をもっと一般的な意味作用の極として捉えてよいのではないかと提案する。 この三つの極を使って、語は様々な文脈に対する適応力を獲得していく。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.59)


     こういったリクールの多義性についての視点の展開は、彼の考える語の柔軟性に基づくものである。 リクールは、「構造、語、出来事」と題する文章の中で、語の持つ仲介者的性格を論じている。 仲介といっても何の仲介をなすのであろうか。 題の示すように静的な構造動的な出来事の間の、である。 構造と出来事は基本的に相容れないものを持っている。構造は通時(パラダイム)的であり、出来事は共時(シンタグム)的である
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.59)


     ここで我々の視点から構造の概念を整理しておいた方がよいだろう。レヴィ=ストロースのそれをはじめとする今日の文化研究における構造論的分析の立場は、構造を基本的に対立する諸項の組み合わせとして捉える。 また構造のもう一つの面は、無意識的に人の行動を規定する要因(プラクシス)であるという点に現われる。 この比較的限定された深層構造の立場に対して、後述するごとく(第六章3、二五二−二五七頁)、人類学者ヴィクター・ターナーが構造をコミュタスとの対比において捉える場合、構造はむしろ、法あるいは規範で意識的に理解されている形式的な枠組と規定されている。 この構造がレヴィ=ストロースの構造と対応するところは、それが集団を分割し、ヒエラルヒー化するという点である。 しかし、それは無意識なレヴェルにおいては捉えられない。 これに対して、コミュニタスは、社会的規範からはみでるような、融合的側面を持つ。前者を文化のタナトス的な表現とすれば、後者はそのエロス的表現と捉えることができよう。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.59〜60)


     このターナによる構造とコミュニタスの対比は、むしろ心理的レヴェルに出発点を置いた定義の試みであるのに対して、リクール構造と「出来事」の対比は、むしろ記号論的レヴェルに出発点を置いた同じ試みであると見てよいであろう。 リクールの対比においては、語は構造と出来事の中間にあって重要な役割を示す。 リクールは語は文より以上のものであり以下のものでもあるという。 語は構造の方に向かって近づいた場合、またはシステムの中にあっては、記号的側面において捉えられる。 記号は、システムの中の差異性の表現であり、語彙(レキシーク)の中の単位(ヴアルール)である。 記号(シーニエ)のレヴェルでは構造的な差異性が現われるのみで、意味作用は現われない。記号(シーニエ)のみでは何らの言表も成立しない。 なぜならば、文脈が与えられていないからである。 記号論のレヴェルにおいて語は成立しない。 語は、あくまでも文の中においてはじめて活性を帯びるものである。そこにあるのは相対的な単位、差異性、対立性であるイエムスレフはこの点を明確にしている。文は何事かを言表するのに対して、語は名づけるという作用をする。 それは文の中に位置を占めることによって名づけることができる。 辞書の中では、用語(テルム)が閉じられた語彙系の中で円環的に規定し合うのみであると、リクールはいう。 この語彙の捉え方は、今日レヴィ=ストロースの神話分析に対して向けられた批判に相通ずるものがある。つまり、それも記号体系の中の循環系のように閉じられているというのである。 レヴィ=ストロースの分析によって神話素に還元された神話は出来事を欠落させているというのが、今日レヴィ=ストロースに向けられる批判の主な点の一つである。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.60〜61)


     発話が始まった途端に、成立する語が辞書から立ち現われて来るのであるが、リクールの表現によれは、人間が話し言葉(パロール)になり、話し言葉が一定の現実に合わせたディスクールになり、ディスクールが文になる瞬間に、それは語になる。 語、それは話し言葉の中の記号である。 そこで、発話という出来事が起こる各瞬間において、語は、記号論と意味論の働く接点であるということになる。語に転化した瞬間に記号は、時間の刻印を帯びる時間の刻印を帯びるということは、静止性からの離脱の方向を持つことも意味する。 それゆえ、語には基本的に反定義的性格が備わっている
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.61〜62)


     2 混沌と秩序の弁証法

     近畿地方の周辺の山間部は、大般若経にまつわる民俗信仰の比較的色濃く残っている地帯として知られている。 この行事は正月、雨乞い、疫病流行時に執り行われた。 大般若経といっても寺院だけしか関係しないということはない。 これは真言、天台の寺院ばかりでなく、村々におけるお堂や氏神社の前でも行なわれる。 実は村はずれのお堂で遊行僧が執行したのが本来の姿かも知れない。 このお祭りは村人が当番制で、一年間潔斎して氏神に奉仕することによって行なわれる。 かならずとも僧侶が経巻を扱わなくてはならないということはない。 神主や当番の村人がとり扱ってもよい。 行事は、般若の日に当たり村人が全部お堂または社に集って、お札をいただくことにはじまる。 その後転読札は〔村の四方の境〕に立てられる。 転読のあいだに「乱声」「タダ押し」「鬼走り」などが村人によって行なわれる。 乱声は、村人がお堂の床板や縁を牛王杖でたたきまわり、タダ押しでは堂内を跳ねまわり踏みまわって騒音をたてる。 鬼走りは鬼踊りともいい、鬼の面を被った鬼役が松明をふりながら堂内、堂外を走りまわり踏みまわる。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.72〜73)


     ここで見られるのは、日常生活の静寂に対する騒音、異常な身ぶり、境界の明示を中心とする「異和性」の儀礼といってよい。 「呪師走り」、能の乱声反閇(へんぱい)など芸能史の根源的に行為がこうした「異和性」儀礼と対応する理由が明らかになるであろう。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.73)


     さて、前に挙げた近畿地方の民俗誌からの例では騒音および異常な身ぶりが特徴的に現われていたが、関東北部の天台、真言、曹洞などの寺院の村祈祷・辻祈祷と呼びならわされた大般若転読行事では、境界の標示の方に重点が置かれているように思われる。 この場合は、村境または村のなかの辻に祭壇をつくって行われる一種の鎮魂の呪術であるとされている。 この地方では正月か夏のはじめ、祭壇および笹竹四本を路上に立てて注連縄を張り、棚をつくり魂棚のごときものをこしらえる。 村の若衆が一〇〇巻入りの大般若経箱をかついで村中を廻り、家々の入口で一、二巻転読し、これを「般若の風を入れる」という。 また、このとき寺で発給する札を関札または辻札といって笹竹にはさんで四方の入口に立て、一般の家でもこれを戸口に立てる。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.75)


     これらの事例を紹介した五来重は同じ論文で、次のように大般若経転読行事の特徴を述べる。
     一般に大般若転読といえば大太鼓をいさましく打ちならし、しまいに経本で経机を叩くのを常とするが、これはまさに乱声、タダ押しと同じものであろうし、一般にはできるかぎり大声を出す。 能の「葵上」に「あらおそろしの般若声や、これまでぞ怨霊こののち、まちも来るまじ」とある般若声は怨霊を威嚇する大般若転読の大声をさしたものに相違なく、鬼の面を般若とよぶことは大般若にともなう鬼走りの面から転じた名称と解してよいであろうと氏は説く。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.75〜76)


     さらに氏は、般若転読は、起源的には外敵または実体化された悪しき霊魂を「追い払う」ための対抗呪術であり、そのためにこそ「打つ叩く」「踏む」「叫ぶ」「火を焚く」「恐ろしい仮面をつける」などの呪的行為がともなうと結論する。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.76)


     このような「異和性」は民俗の中で、儀礼体系の中でコード化されることがあるが、さらに、トポロジカルな空間の中でも境い目を外在化させることによって「異和性」の侵入を喰いとめようとする試みも記号体系の中に組織化される。 社会学者三橋修はこのような異和空間を次のように述べる。
     古代的意識の中の空間は聖なる山を原点として、さらに山の神の降りて来る定住民の労働の場へひろがり、その尽きるところで終る。……そこには、耕作に適さない湿地や、踏み入る道もないような原始林があったと考えてよかろう。……暗い未知の外なる世界は、恐怖の対象であり、だからこそ、また禍をもたらすところ、けがれたところとみられていた
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.76)


     すでに論じた大般若転読は、民俗の中では、神送りの習俗の一部に属するといってよかろう。 この神送りの習俗は、正月、二月、三月、六月、盆、十二月といった季節の変り目に行われる行事で、日本全国に広まっていて、様々の形態をとどめている。 それらは、次のように大別することができる。
     (A) 送り出す神霊、または精霊−−風の神、疫病神、害虫、実盛、雷など。
     (B) 精霊を仮託する事物−−藁人形(サネモリ、家来、または男女一対)、神木、笹、松明など。
     (C) 送り出す地点−−村境、川辺。
     (D) 行為−−踊り、太鼓、鉦、鉄砲、荒っぽい身ぶり、人形の焼却など。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.77〜78)


     この神送りの習俗は、日本ばかりでなく、中国にも見られ、さらに、西欧のカーニヴァルの「マルディ・グラ」に対応することは、私も何度か論じた。 つまるところ、この習俗の目ざすところは、境界を介して村の秩序たる「文化」に対抗する「自然」的要素(サネモリ、泥棒、御霊、害虫、怨霊、風の神、等々)を視覚化することによって混沌の要素を秩序に対置し、騒音を以て、宇宙的な亀裂を生じさせることによって、時間および空間を蘇らせるところにある
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.78)


     スペインの北東ランスという村で行われるカーニヴァルのマルディ・グラの行事では、大人形をこしらえて、これを押したてて村中を廻った末に村境にて焼却する。 この人形はかつてその名を近隣に轟かした大盗賊であるともいわれる。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.78)


     同じように西欧のカーニヴァル、特にマルディ・グラの日には、こうした人形、あるいし動物(鶏)などを選んで、これに前年の厄、穢れなどを背負わせて破却(イモレーション)するという習俗は広く伝えられている。 こうした悪の象徴ともいうべきものを顕在化させて、これを可視的なものにするという行為には、混沌を喚び起こすことによって、負のエントロピーを吸収させて、世界を浄化させる機能が組み込まれていることは、柳田国男の次の言葉によっても明らかであろう。
       私などの想像では、村に疫病が流行し、又は稲田に虫が附いて、それから急に神送りを企てるといふ現在の流儀よりも、一段と古い形は毎年日を定め、まだ少しでも実害の眼に見えぬうちに、予め或期間の不安を除去して置かうとする、コト(儀式)の祭であつたやうに思ふ。 是には勿論虫とか疫病とかの特定の敵は無い。 ただ人間以上の力を具へた霊物が、余り久しく我々と雑居して居ると、末にはどういふ恐ろしいことを引起すかわからない。 それ故に必要の期間が過ぎれば、田の神も正月神も又家々の祖神も、共に皆饗応して送りかへすことにしたのではあるまいか。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.78〜79)


     もちろん柳田のこの説明は、民俗的因果論を適用した解釈論である。 この説明を記号論のレヴェルに置き換えると、それは、内側における境界性の喚起と、そうして喚起されたもののフィジカルな境界(村境)への転移、そうすることによって「微あり」としての境界の強調、という儀礼的=記号論的秩序の再構築が行われるということになるのである。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.79)


     民俗において、境界というのは、意味出現直前または消滅寸前の混沌の表現であるといえよう。混沌は、好ましからぬ要素で生活の秩序には入ってきてもらいたくないが、時と場所を限定して意識、話題にのぼることが秘かに望まれる要素であり、それは民俗の中で様々の形をとる。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.79)


     「微つき」の例を日本の民俗語彙の中から拾ってみると「ウゼケン」などという言葉がそれに当たるであろう。 柳田国男の説くところでは、ウゼケンという言葉は鹿児島では、世間の外側の世界、「未知の世界、誰といふことも無く自分と対立するもの」を意味する。 これなどはセケン」に対して「徴つき」の関係にあり、対の構造をなしているものの一項であることが明らかである。 「ヒロシマ」という言葉が同じように対の範疇の一端を担うものであったことは、たしかに余り注意を惹いていないかも知れない。柳田国男は、会津檜枝岐などの狩詞で、人里のことであったとする。谷の山小屋の静かな落着いた小さな群の空気と懸け離れた場所であるゆえの差別であろうという。 なお、壱岐あるいは伊予の内海側では「ヒロシマへユク」という忌詞は「死ぬ」ことを意味した。 したがって檜枝岐の場合共々、「ヒロシマ」は「他の世界」という語感を帯びた「シマ」(村)に対する「徴つき」の言葉であったといいうるであろう。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.80)


     他所、つまり他者性を笑いを介して説話化すれば、「愚か者」譚になる柳田国男『笑の本願』の中に収録された「吉右会記事」と題する論文で、村の外の絶えず笑いの前提になるある他村の存在を論じている。
       以前は愚か者は単純に笑ふべきものであり、馬鹿で失敗をするのは弱虫が戦闘に負けるのと同じく、甚だ当然のことと考へた時代があつたらしい。 其代りにはそんな社会では、仲間から笑はれる者は出さなかつた。 地頭や寺の和尚の如き別の境遇に在る者も少し笑はれたが、主として軽蔑せられたのは他部落の者であつた。 村と村とは武器の争闘を休止して後も、久しい間言語と嘲笑とを以て戦つて居た。 相隣する農村間には平和な交際が始まつても、今一つ奥の利害の影響せぬ在所に対しては、持つて行き処のない古来の征服欲が、集注せざるを得なかつたのである。……我々の周囲には大抵一村づつ位、いつも笑話の種となる僻村がある
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.80〜81)


     柳田はここでは、今日の心理学が論ずる「攻撃性アグレッション)」の問題を的確に押さえ、ヴァルネラビリティー攻撃誘発性)の担い手としての「笑い話の種となる僻村」の記号論的与件を予期しているかの如き叙述を行う。 柳田はこういった例として次の如きものを挙げる。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.81)


     肥後の人吉付近では、「イッキンビヤァ」(ビヤァはおそらく兵衛)といって五木村に仮託して人の真似して失敗した話、騙そうとして逆に損をした話、愚鈍を装って却って人を馬鹿にした話、つまり吉(きっち)ョム話系の笑話が語られた。 豊後の大野郡の奥の高千穂話、豊前では城井の城山の麓近くの寒田(さわだ)話、関東では上総の川津場話、安房の増間話、信州の佐久では川上話、上下高井郡では秋山話、伊那では遠山話と称して、柳田によると「何れも市日などに古風な衣裳を着て出て来る人たちを、表情の単に平地の者と異なるばかりに」評判をする。 この「おろか村」は、いわば人間行為の中で、「共同体」内の人間の正常性を浮きだたせるために「境界」の空間に「徴をつける」記号論的行為に外ならないことは、ほぼ推察のとおりである。 このヴァネネラビリティーが様々のレヴェルに観察されることは、すでに考察の対象としてきたところである。 単に日本的文脈だけでなく、インド人の間でシーク族を対象として語られる「シンガシンガ話」なども全く同じ文化的装置として働いていることを我々は知っている。 こういったヴァルネラブルな役柄を、相互に演じ合う関係を人類学的な用語では「ジョーキングの関係」といっている。 この関係は、部族間、クラン間、親族、家族の一定のチャンネルを通して実現される。 この関係の演劇性について私はかつて論じたことがある。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.81〜82)


     「石神問答」に始まる柳田学の重要な一部を構成しているのは、ある意味ではこれまで見たきたように、境界の徴標の再構成ということになる。境界の持つ両義的性格こそは、生涯を通じて柳田の関心を惹きつけた基本的モチーフであったらしい。 こういった視点で見るならば、「石神問答」はその宣言であるとすらいえそうである。 境界についての感受性こそは、我々が論理的整合性の世界で喪失したものなのかも知れない。 境界は多義的であるゆえ、そこには日常生活の中では位置を与えられないイメージが立ち現れる可能性を持つ。 二つの矛盾するものが同時に現われることができる。 そこでは、イメージおよび象徴が、言葉になる以前に絶えず立ち現われ、増殖し、新しい統合をとげる。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.82)


     こうした境界が、日本の民俗の中でどのような形で認められるかというのは興味ある課題である。 柳田学の中では、これらの境界は次のように捉えられている。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.83)


     (1)道祖神(賽の神)  道祖神の勧進はいうまでもなく村中の辻や村に近い境界の神を喚起する行事である。この日子供たちは、悪態を吐き、道行く女などに雑言を投げかけることが許される。 子供自体が境界的性格を持っていることは、本来子供が依憑(よりまし)として使役されたことからいって明らかである。 この子供の振舞いに対応する行事として柳田は「千葉笑い」とか「悪態祭」の例をあげる。 いずれにしても子供−自由な行為−道祖神−境という関係が容易に成立する前提が民俗の中にあったと見てよい。 これに、道祖神の神体が和合双体であったという点が加わるならば、さらに両義性という象徴的連想が成立する。和合双体の像には性的イメージが仮託されやすいが、エロスのもつ「結合」作用には、様々の異質の事物を出遭わせるという可能性があることを考慮にいれるならば道祖神の多義性はいよいよ明らかとなるであろう
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.83)


     (2)トンド(左義長)  これは道祖神の祭りに伴う行事であり火の燃える音」を形容した囃し言葉から出たものとみられるが、柳田はさらに「遠戸」あるいは「外側の境」という仮定のもとに外側とは即ち村に属する山野の他村に接する」ところとする。この火を地方によっては柴燈と書いて「サイト」と呼ばせる。道祖土(さへと)かも知れないという。 三河の北設楽郡の花祭りでは「サイト」は「セイト」と呼び、神座から見て、踊りの空間の右側の外と内の中間に当たる部分にこしらえられた火と、この火の廻りに集って進行する儀礼を野次る客を指す。「セイト」の客は一方で「ターフレ」という掛け声をかけると共に、踊り手に悪態を投げかけるここでも、火−両義性(内と外)−嘲罵という関係が成り立っていることが見てとれるわけである
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.83〜84)


     (3)古陵墓  古陵墓は、様々な意味で中間的で両義的な空間である。 大和河内では特にこの地に(しゅく)の者」が住んだといわれる。 柳田は「古塚には草木が茂生して遠望を遮り、普通人は穢気を畏れて之に近づかなかつた」こと、および「塚の地が常に除地である為に、費用を要せず且つ占有を争ふ者が無かつた」という理由を挙げている。つまり「社会的に永久の空閑として存在するべきもの」であったという。荒蕪地耕地の中間として、古陵墓は、「文化」の中にとり残された「自然」であると見てよい
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.84)


     (4)シュクの者  柳田によると、シュクの元の音はスクで、「ハチタタキ」の「ハチ」と同様に都邑の境または(はず)を意味した語であり、サカ(坂または境)、サコ・セコ(迫)、サキ(崎または尖)、ソキ・ソコ(底または塞)、ソグ(削)、スグル(過)などという「外れ」か「過渡的」な状態を表わす言葉と相通じる。 さらに、多くのシュクという地名が境にあるためシュクという言葉と境との対応がいっそう鞏固なものになったらしい。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.84)


     (5)シュク神  こういった語義から転じて、守宮神あるいは宿神と書いてシュクガミと呼ばれる神性は「境の神」であった。 守宮神は宮中および国府の地の殊に総社に接近してあり、巫女の祖神で宮中を守護する神であったと柳田は推定する。 さらに彼は、この神をいただき村内に技芸を以て渡世する者が入って来て、外来の邪神を攘却する任務を引き受けたとすれば、この神の名シキまたはシュクが境の地に付託されても不思議ではなかろうという。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.85)


     (6)盲僧  境の神であるシュク神をいただく盲僧自体も境と密接な関係を有する。座頭たちは、山科の四宮川原に毎年集って祭りを営んだ。 彼らは平常は、特に四国、中国にあって、地神経金光明経の堅牢地示品)を読んで各家の(かまど)払いをした。 水天宮との関連および地蔵信仰との関係からいって、彼らは本来「地下」と「地上」の仲介者であったことは疑いのないところであった。 山科の四宮河原も、柳田によると摂津その他の国々に多く見られる宿川・宿川原同様、境の地であった
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.85)


     (7)サカド神  シュク神と同様境の神として祀られるものに坂戸明神または逆手明神といった神がある(上総君津郡楢原村大字坂戸市場)。 柳田は、サカドサカテ邑境を意味するという。 この神の神性を地名としたものは逆井(サカサイ)とか坂斎(サカサイ)と書くものが関東に散見するが、これらも境上の鎮防神である。 この神の祭りには人身供犠を思わせる神事が執り行われる。 また大隅姶良郡東襲村大字重久の止上(トガミ)神社にも贄祭の式がある。トガミは門神すなわち境の神であるという。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.85〜86)


     (8)シュクの者と同様な条件の空間に住んだ集団にいわゆる被差別民がある。 柳田はこういった集団の住みついた土地の条件について「村ノ地域中最モ不要ナル空閑ヲ占ム。 例ヘバ村境ノ原ノ中、山林ノ外レ、湿地川原ノ如キ多クハ耕地ニ不利ナル物陰ノ地ニシテ、見馴レタル者ハ村ノ外見ニテ此徒ノ住地ナルコトヲ知リ得」るとする。 丹波、因幡ではこういった地域を何島という。 これは、「洪水の跡に新生する地で、地味は肥えているけれど、水害に対する無防備な立地条件の故に一般農民が欲しない土地であった」。すなわち、豊饒肥沃と共に、洪水を原因とする荒廃の可能性を含む、両義的な土地であったといってよい。 こういう土地、全くの原野(自然)でもなく、全くの耕地(文化)でもないといった両義的なイメージは、そういった土地に住みつく集団に転用されるのである
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.86)


     (9)ミサキ  ふつうは、稲荷社における狐の如く、神出現のサキブレというふうに考えられているが、柳田国男は「石神問答」において、境に祀られこれを守る神であったとしている。 西日本ではミサキは荒神と重なる。 たとえば土佐では吉良の七人ミサキという荒神信仰があったが、これは長曾我部元親のために腹を切らされた吉良左京進以下七人の霊を合祀すると伝えられる。諸所で祟りをなしたゆえに、このように怖れられたという。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.86)


     (10)橋姫  柳田国男が「一ツ目小僧その他」において章を立てて論じた橋姫も、境の神の延長線において考えられる存在である。 そこでこの神には「怒れば人の命を取り、悦べは世に稀なる財宝を与へるといふやうな両面両極端の性質を具へてゐる」という如く両義的性格が仮託されていく。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.87)


     (11)タッショウ  これは様々の意味で特に中部地方を中心に村落の境界を指す言葉であった。 たとえば、下伊那、北設楽の二郡二県境の山村では、正月ニュウ木を削る際に、別にこれと似た形の木片を数多くこしらえて、それを家々の墓に持って行って立てる。 この木をタッシャ木と呼んだ。タッシャは墓場のことであると柳田は述べる。 さらに柳田は桜田和徳の報告にもとづいて、三重県志摩の南端和具の海岸に見られるタッバという場所についての事例を挙げる。タッ場は、此村の女の忌小屋の真下にあたる浜辺で、忌のあけた女たちが潮を浴びたらしく、同時に病い送り藁船人形を流す場所として精霊迎えの念仏供養所としても用いられたという。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.87)


     この外に挙げられた様々な事例をもとに、柳田は、タチ現われるという語彙を本来帯びていたのではなかろうかと推定する。 面影に立つといい、夢枕に立つといい、雷をカンダチ、朔日を月立ち、その他竜をタツと訓じ、水中の怪物をタックチナハ(佐賀地方)という例は、タッの本来の語義に神霊が現われるという意味を含んでいたと想定させる。 さらに柳田はタタリという言葉は今日罰が当たるという使い方しかないが、沖縄でタアリは神が顕れることであり、諏訪の御社でも巡幸の日に行く先々の大樹の下で、祭りをすることをかつてはタタヘ(湛へ)といっていた。 柳田の推定するところでは、以前はあるいは山や林の奥に「立ち所」という霊地があって、そこへ行って祖先の霊を迎えまた祭る風習があったのではないかという。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.87〜88)


     これらの事例の示すところでは、タッによって示される場所は、空間的に、「此方」と「彼方」の境い目であり、両義的な性格を帯びやすい場所であったといいうるのである。
     境界は、これらの例が示すように、内と外生と死此岸と彼岸文化と自然定着と移動農耕と荒廃豊饒と滅亡といった多義的なイメージの重なる場であった。 境界にまつわる習俗は、こうした多義性に形の上で対応したものと考えることができよう

    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.88)


     3 彼ら−−異人

     空間に混沌がにじみ出ていると同じような意味で、時間にも、同様に、秩序と秩序のエアポケットという二つの要素が投射される。 船舶が赤道を越える時や大晦日の夜十二時に大騒ぎをする風習は、境い目の通過の意識と大いに関連のある事は今日よく知られている。 四月一日が、英国の習俗で「万愚節(オール・フールズ・ディ)」であることは、その最も顕著な例である。 この日は、公然と嘘をつくことのできる日として我々に知られている。 が、これはこの日が本来、季節の境い目に設けられた、混沌と蘇りの道化祭りの日であったという全体像の一部を伝えるものでしかない。 人を瞞いて使いにやったりするなど、特定の瞞着法のストックが子供たちの中にあって、成功すると「エイプリル・フール」と呼ぶのが慣わしである。 「イヴの母の生涯」という本を買いに子供が本屋に行かせられたりもする。 しかし「エイプリル・フール」の時間は厳密に深夜十二時から一日正午と定まっていて、今日でも、時間を間違って、その後にトリックを仕掛けると、「万愚節は終った。 お前は阿呆で、僕はそうじゃない」という罵声を浴びせられる。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.94〜95)


     論理的にへだてられた二つの類の間のギャップをタブーが埋めていることは、すでに述べたが、この断層には、様々の魔性の者、半人半獣的存在が棲息することが多い。 日本の民俗でも、二つの世界をつなぎとめる橋の上に橋姫のような存在が立ち現われる。 猿とか狐とかいった日吉神様や稲荷のミサキに見られるように、これらの周縁的・両義的存在は、神と人との仲介と考えられる場合が多い。 二つの世界をつなぎとめる存在は、伝承において「英雄」という形で語られるのであるが、ヘラクレス譚に見られるように、英雄は、人間の形姿と獣の力を持ち、文化と自然のつなぎ手である場合が多い。 「英雄」譚の典型的な現われは、「金太郎」伝説に見られる。 すなわちそれは、ターザンの説話を日本化したような、動物=自然の世界への想像力を介した架橋の作業の結果である。 これらの説話は、文化が自らのシンタックスの中で飼いならした、奇矯な話としての自然の属性である。 ある意味では、イエス・キリストは地上の処女を母として生まれた父なる神の子という、二つの世界に相渉る両義的存在であり、記号論的には、神のミサキとしての様々の動物と等位である。 キリストを道化として捉えるハーヴェイ・コックスのような提唱が意味を持つのも、キリストのもつ仲介者的性格に由来しているのかも知れない。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.96〜97)


     「英雄(ヒーロー)」(=小説、劇の主人公)に現われるのは、一つの文化における「此の世界」と「彼方の世界」の境界である。 境界はこのように個人を媒介として現われることもあるが、様々の職業集団という形で現わされることもある。 鍛治師、溶鉄師、たたら師、錬金術師、といった半ば聖職で、半ばアウト・カスト的集団は絶えず侵犯者という刻印を押される。 この侵犯者という性格のゆえに、西欧社会の錬金術師は、ブリューゲルの版画に現われたように、シャルラタン詐欺師)的扱いを受けることになった。 ルネッサンス期の絵画には、ホルバインのそれをはじめとして、「ニーマンド」という一所不住の旅人の像が現われるが、この人物は、絶えず、あたり一面に乱雑に拡散した工具や鍛冶の道具の真只中に坐っている。E・カステッリは、この系統の絵は、ルネッサンスの宇宙観の有力な主題の一つであった、狂気(乱雑)と創造(手仕事)の両義的世界表現に根ざしているという。
    (《文化と両義性 第三章 記号と境界》P.97〜98)


    第四章 文化と異和性

     1 文化のプラクシス

     小宇宙の秩序は、それが、排除するものとの対比によって確認される。 日常生活における我々の好き嫌いの感情においても、好ましい部分と、好ましからざる部分が分かれている。 いずれにしても好ましからざる部分は、きたなさ汚れ穢れといった感覚を媒介として反秩序的な部分として意識され、平常のコミュニケーションの秩序から排除される。母乳唾液などが敢えて儀礼に使われるのは、身体的宇宙においてこれらの排泄物の占める記号論的位置のゆえんである。日常生活の価値から締め出されていることで、それらは儀礼のコンテキストで日常生活の記号体系では表現できないもの(シニフィエ)の「意味するもの」(シニフィアン)として有効になるのである
    (《文化と両義性 第四章 文化と異和性》P.115)


     排泄物や経水、爪や刈りとった毛髪などは、多くの文化においてそのぬめぬめした(薄気味悪い)記号論的位置のゆえにマークされる。 これらは此方にも、彼方にも属さない。 それらは、境界を越えた存在である。 境界こそ、その明確な標示の故に秩序の基礎をなしている。 境界の内側の事物は、様々のレヴェルにおいてコード化されているが、その重要な結束点において境界の外側の事物と記号論的に対応する。
    (《文化と両義性 第四章 文化と異和性》P.115〜116)


     3 排除の原則

     千年にわたって、民衆のための唯一の医者は「魔女」であった。 皇帝、国王、法王、きわめて豊かな封建貴族(バロン)たちは、サレルノの何人かの医者(ドクトウール)、モール人、ユダヤ人たちをかかえていた。 しかし、いずれの身分に属する者であれ大衆は、いや世間一般はと言ってもよい、彼らは〔サガ〕、言いかえれば「産婆(サージユフアム)」にしか診察をもとめなかった。彼女が病人を癒すことができないとき、人びとは彼女を非難し、魔女と呼ぶのだった。 しかし一般的には、恐怖の混じった畏敬の念から、彼女は「善き奥方ボンヌ・ダーム)」または「美しき婦人ベル・ダーム)」(ベラ・ドンナ)という名で、ほかならぬ「妖精たち」にあたえられていた名で呼ばれていた。
    (《文化と両義性 第四章 文化と異和性》P.141〜142)


    第五章 現実の多次元性−−A・シュッツの理論をめぐって−−

     1 学の対象としての生活世界

     ガリレオ的客観主義が、現実を数量化し細分化し、断片化したことは、『危機』において、特に第九節「ガリレイによる自然の数学化」において論じられている。 この方法のもたらした結果は、現実を一元化し、数理的処理の対象たり得ない現実を、確実性の法則に基づいて排除したことにある。 そしてこの方法の成功に伴う致命的な害は、それが全体性を学問の対象から排除したことにある。
    (《文化と両義性 第五章 現実の多次元性》P.164)


     これに対しフッサールは、多元的にして数量化されない主観性の世界を客観性の対象として再び導入し、全体性を構成するすべての主体を考察の対象として取りあげることを提唱した。 こうして『危機』において、「主観性の学」ともいうべき、全く新しい学問の領域をきり拓いたのである。
    (《文化と両義性 第五章 現実の多次元性》P.164)


     W・M・アーバンは同じ現実の一定の層を「ディスクールの世界(ユニヴァース)」という表現で整理する。 アーバンは世界(ユニヴァース)を、状況(シチュエーション)に対応する概念で、状況が無規定的にいつ、どこでも成立しうるのに対して、「小宇宙(ユニヴァース)」は、明確で整然とした体系を持つとする。 アーバンは「ディスクールの世界」という概念を、デ・モーガンが論理学のたるに創案したこの術語を踏襲した。それは文の一貫性に関係を持つたとえば「投票者はみな男だ」という命題は、それが通用するはずの歴史的なディスクールの世界についての了解があるから成立する。 しかし、「シーザーは素数だ」あるいは「徳は三角形に非ず」という文は、日常生活の世界の文脈では成り立たない。主語と述語がまったく別の脈絡に属するからである
    (《文化と両義性 第五章 現実の多次元性》P.170)


     2 妥当性(レレヴァンス)

     ところで現実の各層には、この層に対する人の関心を中心的に支配する行為・事業・人・表現が見出される。 こういった中心的表象をシュッツは「トピック」という言葉を用いて指摘した。 したがって、研究者がある社会の特定の時間および空間に属する特定の現実の層に探りを入れようとする場合に、その現実の測深錘となる。 シュッツは「トピックの上での妥当性を持つものが、問題を適切な方法で解決するのに必要とされる問いかけの深さや程度を決定する」と述べている。
    (《文化と両義性 第五章 現実の多次元性》P.174〜175)


     シュッツはこの至高の現実に対する人のかかわり合い方を述べつつ、それが一様ではないとする。 我々の生活世界への関心は、様々の選択に基づいて組織されている。 そこで世界は、時間的、空間的に、主要(メジャー)な「妥当性」の層と副次的(マイナー)な妥当性の層に分けられて組織される。 我々が与えられた世界について持っている知識をシュッツは「手持ちの知識」と呼ぶ。この手持ちの知識は、私が実現しようと思う計画にとって目的・手段として有効であるが、また阻害要因として有害である場合にそれは第一義的な層に組織される
    (《文化と両義性 第五章 現実の多次元性》P.175)


     同じことを技術の分野にたとえて理解することができよう。 つまり、ある一定の環境で物を造る場合、その対象の持つ意味に応じて工具や工程の選択がなされる。 これが社会的現実に適用された場合、一定の現実(または広義の環境)が、身ぶり、使われる言葉に拘束力を持つ。 そこで研究者または、調査者が、こういった現実に迫ろうとするとき、トピックの内的または外的地平にどれだけ突き入らなければならないかということ、および解釈の上で役に立つ材料がどの程度まで考慮されなければならないかということを決定するのが、このトピックの次元で「妥当なもの」である。
    (《文化と両義性 第五章 現実の多次元性》P.175)


     数多くの「現実」の地平は、それぞれ固有の限定性を前提として成立している>ので、諸現実の総体としての世界の全構造は、我々の前に姿を現わすことはほとんどない。 神秘家の努力はこの世界の全構造の時間、空間を超えた同時的把握という点に向かってそそがれてきた。 世界の全構造が、我々の内的宇宙とどこかで切り結ぶとしても、それは我々の内的宇宙が、我々がふだんそれと理解しているものと全く異なった何者=物かに帰一することによってしか、なしとげられることはないであろう。 人間は、かつて、その帰一の方法をより身近なものとしていたという実感は、精神的にも、芸術史的にも、宗教史的にも、人類学的にも、近年ますます我々の心を捉えつつある。 しかし、この問題について、当面の我々は、当分、緩慢に進んでいかなければならないであろう。 そこでシュッツもこの点について次のように言明する。
       この世界のすべての多様性を含めた形での総体性は人間には根本的にには不可知であるし、彼自身の限定性のために彼は宇宙の無限定を捉えることができない。
    (《文化と両義性 第五章 現実の多次元性》P.177〜178)


     アメリカの演出家ボレスラスキーはその『演技術入門』の中で、夫婦喧嘩が昂じると子供たちが何も言わずに生キャベツを皿にのせて差し出す家庭を例に挙げて「感情の記憶」という心理作用を説明している。若い頃の二人は、ある日、郊外を連れ立って歩いていた。 その時道端の畑にキャベツを見て、それを生のまま二人は齧りついて。 若者が娘に恋を打ちあけたのは、その直後のことであった。生キャベツを齧る感触は、したがって、この瞬間に二人が生きた現実に、文句なしに彼らを連れ戻すのであった。 この現実のゲシュタルト的構成は、論理の記憶の網をもってしては汲み上げきれない、細かい事実を生き生きと再現したものである。
    (《文化と両義性 第五章 現実の多次元性》P.183)


     この例が示すように、一つの「現実」の層から他の層への移行を決定するのは必ずしも論理ではない。 その移行が急激である場合には、サルトル『嘔吐』においてロカンタンを主人公として描き上げたような状況が生起する。シュッツ『ドン・キホーテ』を例にとってこの移行の様相を見事に分析した。
    (《文化と両義性 第五章 現実の多次元性》P.183)


     3 ムージル『特性のない男』における多元的現実

     ウルリッヒは、重要人物になろうとして最初軍人を志し、ついで工学を学ぶが、現在は民間の数学者である。 現実感覚に対立する「可能感覚」の所有者であり、現実的事柄を、まだ目覚めぬ神の意図でありまだ生まれていない現実である「可能なもの」よりも、つまり思考された事柄よりも、重大と思わぬ人物である。 彼は、われわれの頭脳は、数千年歳であり、われわれの頭脳と現実との格差は段違いであると確信しており、現実に対しては知的関与を拒否するがよいと自認している。「可能なもの」を追究することではきわめて積極的だが、金儲けとか出世とか食欲とかいう現実的な問題には無頓着であり、これを絶望的事業と軽く言ってのける男子である。トーマス・マンの言葉をかりれば、「幼年時代の無垢が過ぎ去るやいなや、われわれの生活だと自己主張するすべてのもの」−−彼はこれを「特性」と呼ぶのであるが−−彼はこれに対して「夢想的な軽蔑心」をいだいている男子である。 実利的・合理的な実社会からみれば、まさしく無益な「特性のない」男子である。 それゆえ彼は、この実社会では、待機の姿勢をとるより仕方がない
    (《文化と両義性 第五章 現実の多次元性》P.194)


     ここで可能感覚といわれているものは、日常生活の中に埋没している、「もう一つの状態」への手がかり、あるいは鍵の所在としての移行点を探り当てる能力ともいうべきものである。 と同時に、こういった移行点が人を誘うのか、人が可能感覚で探り当てるのかということは必ずしも一方的に決することのできない問題である。 前者の場合、一見何でもない状態の中に秘められた「ばかばかしさ」が、移行のための導き糸になることがある。 彼はこのばかばかしさを自ら体験することによって、日常生活におけるアイデンティティ、現実がたちまち風化することをさとる。 ウルリッヒは「不敬罪」で追われている労働者をかばって警官に口出しして同様に逮捕・拘置される。
       名前は? 年齢は? 職業は? 住所は?・・・・・・
       ウルリッヒは訊問され始めた。
       彼は、ある機械−−彼の有罪か無罪かが少しも問題にならないうちに、彼を非個人的で一般的な要素に分解してしまう機械の中に、まき込まれたような思いがした。 彼の〔名前〕、つまり言語のなかで概念的には最も貧しいが感情的には最も豊かなこの二語も、ここではまったくなんの役にも立たなかった。 〔中略〕彼の顔は単に人相書の価値しかなかった。 〔中略〕この瞬間でさえ彼は、統計学的に彼の個性の魅力を奪ってしまうこの訊問というやり方を、正しく評価することができた。 〔中略〕ここで最も驚嘆すべきことは、警察が一人の人間を一物も残さずに解体することができるばかりでなく、これらの些細な諸成分から、ふたたび間違えずにその人間を復元して、それが誰であるかを識別する、ということであった。 この作業を遂行するためには、〔嫌疑〕と呼ばれている何か測定できぬものが、これに付け加わりさえすればよいのである。
    (《文化と両義性 第五章 現実の多次元性》P.206〜207)


    第六章 象徴的宇宙と周縁的現実

     1 世界の統一的把握

     「象徴的宇宙」という言葉はいくぶん大仕掛けの印象を与えるかも知れない。 しかし、それは決して取っつきにくい考え方ではない。 人間の生活および意識の中で、人が、制度的な規定・定義を超えて、感覚をも動員して、何事かを理解するレヴェル、これが象徴のレヴェルにおける宇宙である。 そのレヴェルは、制度的定義の拘束を脱してイメージが呼応し合うから、それは「宇宙」と言い表わすことができる。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.221)


     こういった象徴の宇宙における事物の統合は、歴史に対しても及ぶバーガーはいう。 歴史は、すべての集合的な事件を過去、現在、未来に分配する。 過去との関連において、歴史は集合性の中で社会化された個人が頒ち持つ「記憶」を確立する。 未来に関連していえば、歴史は個人の行為の見通しの共通の指標を確立する。 過去についても、未来についても歴史の中で語られる事象には、成功者/失敗者、賢者/愚者、富者/貧者、勇者/怯者、勝者/敗者、善人/悪人、といった価値で色づけされており、それらが、「怠け者→貧困」という連想を前提とする「怠け者は貧しくなる」といった文にみられるように一定のディスクールの組み合わせとして成立している。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.222〜223)


     多くの場合歴史のディスクールは、日常生活のすべての描写が反映するのではなく、一定の世界観を前提として、その全体性を、時間、空間、人に配分したものである弁述(ディスクール)の総体であるということができるかも知れない。 生活世界に生きる人間は、その一部の弁述(ディスクール)をあたり前のものとして受けとることによって、その弁述(ディスクール)を成り立たせている。 自然、人物、事象の分類の全体を受け容れるのである。 したがって、「この地域は産業を進んで受け容れた」という文には、「進んで」の強調にも見られるように「そのために幸せになった」という結果が予想され、さらに「産業=幸せ」に対して「前産業=不幸せ」という組み合わせが前提として潜在的に予定されている。 もちろん、前者は善、後者は悪、さらに前者が天使的な行為であるとしたら、後者は悪魔の仕業という対比で読みとられる場合もある。 こうして一つの文の中にも「秩序=生=意味」/「反秩序=死=無意味」という対立にまで隠喩的に読み換えていく可能性があるとしたら、歴史は宇宙的秩序を再確認するための聖典(もちろん薄められた)であるといっても過言ではなかろう。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.223〜224)


     歴史的弁述(ディスクール)は、それゆえ、神話的弁述(ディスクール)を、極めて独自なやり方で受け継ぐといえる。 神話が、日常生活ではつながらない事物をつなくど同様、歴史もその物語性の底では、異なった範疇に属する様々な事物を結びつける役割を密かに果たしている。 そういった意味で、荒唐無稽の部分を一掃しない限り、歴史は、象徴の宇宙の中でも極めて重要な統合作業の一翼を担っているといえる。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.224)


     政治的秩序と混沌との背中合わせというこの視点は。今日、ケネス・バークや、ヒュー・ダンカン政治人類学的視点と対応する極めて魅惑的な洞察として我々の興味をそそらずにはいない。 バークの「究極因(エンテレヒー)」の理論を次のように要約する。
       我々は起源神話ばかりでなく、完全な終局という黙示録的神話によっても影響されている。 我々は、何によらず、感情(内容)と形式が、その本来の可能性を充たしつつ出遭う場を求めている。 政治もその例外ではない。 我々が目ざしているものと、我々が由って来たものが、社会秩序を決定している。 「究極因的」という表現は、こうして、時間的に未来に投影されると共に過去にも投影されるのである。 現在の目の前に起こること、「究極因的」なモデルの不完全な断片に過ぎず、それは、目的論的に完成を目ざすものの過去を示すに過ぎない。 しかしながら、こうした未来および過去への満たされない現在の投影を行う場合、そこには同時代に支配的なパラダイムの介入が起こる。 統計学者が、統計学的にデータを基に未来を予測するのは、この最も典型的なケースに属する。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.225〜226)


     象徴的宇宙が、様々の断片的な行為に統一的解釈の基準を与えるとして、バーガー・ラックマンは、神話的世界観の例を挙げる。 例えば、一人の人間が社会の中で従兄弟の役を演ずるということの意味と地主の役を演ずるということの意味の間には、並行状態がある。 このような状況のもとで、必要に応じて従兄弟を土地から追い払うという行為は良い経済行為であるが、同時に悪い道徳行為であるということになる。 このような行為は、神が構築した宇宙の秩序の侵犯であるということになる。 このようにして象徴的宇宙は、日常生活の役割、優先順位、遂行の手つづきといったものを、考えられる限り最も広い網の目に捉えることによって、秩序を与え、正当性を保証する。 そこで、日常生活の最も些細な行為すら、象徴的宇宙に取り込まれることによって深い次元の存在根拠を獲得することになる。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.229)


     2 周縁的現実としての夢

     エンツォロ・パッチは、は精神の古層を発掘するための素材であるとする。フッサールの手稿(D群)の中の、幻想についての記述に依拠しつつ、彼は幻覚は現前(リアル)の諸事物の貯蔵庫の外に属するという。 その理由は幻想が、「生活世界」または「前もって与えられた世界」の中に根を持つ、一人称としての私という主体の如きものではないからである。 幻想は主体が生活する中心的な場にはない。こうした点を明確にするためにも現実を「中心的」と「周縁的」に分ける有効さは現われる。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.232)


     我々がフッサール「無意識な」志向性に関心を抱くのは、志向性が妥当の様々の領域と結びついて、現実の諸領域を形成するからである。 こうした志向性のあるものは確実に過去に向かう。 それが「過去志向性(レテンチオン)」と呼ばれるものである。 それはプルースト『スワン家の方へ』において描いた、マドレーヌ菓子という、一見何でもないような事物に現われることはよく知られているはずである。 少し長くなるがこの部分を引用してみよう。

       少したって、陰気に過したその一日と、明日もまたもの悲しい一日であろうという予想とに気を滅入らせながら、ぼくは無意識に、紅茶に浸してやわらかくなった一切れのマドレーヌごと、一匙のお茶をすくって口に持っていった。 ところが、お菓子のかけらの混ったその一口の紅茶が口蓋にあれた途端に、ぼくは自分の内に異常なことが進行しつつあるのに気づいて、びくっとした。素晴しい快感、孤立した、原因不明の快感が、ぼくのうちにはいりこんでいた。……その快感がちょうど恋の作用と同様に、何か貴重な本質でぼくを満したからだ。……いったいこの力強い喜びは、どこからやってきたのか?……ぼくの求めている真実が、お茶のなかではなくて、ぼくのうちにあることは明らかだ。……ぼくは茶碗をおき、ぼくの精神の方に向きなおる。真実を見つけるのは精神の役目だ。 しかしどうやって見つけるのか? 深刻な不安だ。 精神が自らによってのり超えられたと感ずる度ごとに生ずる不安だ。 精神というこの探求者がそっくりそのまま真暗な世界になってしまい、その世界のなかでなお精神は探求をつづけねばならず、しかもそこでは精神の一切の持物が何の役にも立たなくなってしまうようなときの不安だ。 探求? それだけではない、創造することが必要だ。 精神はまだ存在していない何ものかに直面している。 精神のみが、その何ものかを現実のものに、自分の光に浴させることができるのである。……

    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.237〜238)


       そのとき一気に、思い出が現われた。 この味、それはマドレーヌのかけらの味で……。 多分あれ以来、食べはしないが菓子屋の棚で何度もそれを見かけたので、そのイメージがこれらコンブレーの日々から離れて、もっと新しい別の日々に結びついてしまったためだろう。 多分また、こんな長いこと記憶の外に棄てて顧みられなかった思い出の場合、何一つそこから生きのびるものはなく、すべてが解体してしまったためでもあるのだろう。 それらの形態は……消えて去るか眠りこむかしてしまい、膨脹して意識に到達することを可能にする力を失っていたのだ。 けれども、人びとが死に、ものは壊れ、古い過去の何物も残っていないときに、脆くはあるが強靭な、無形ではあるが、もっと執拗で忠実なもの、つまり匂いと味だけがなお長いあいだ、魂のように残っていて、他のすべてのものが廃墟と化したその上で、思い浮かべ、待ち受け、期待しているのだ、その匂いと味のほとんど感じられないほどの雫の上に、撓むことなく支えているのだ

    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.239〜240)


     ここに抽出されているのは、単なる記憶の再現の努力ではなく、忘れ去られて埋もれていたディスクールの回復の過程である。 このディスクールは、文字や論理的な弁述では失われる微妙な構築物である。 そして重要なのは、埋れた過去が、マドレーヌ菓子の一片として現在の中に沈殿しているということである。 このように意識の底に、志向性として沈殿してしまった過去は、独自のディスクールによってしか掬い上げられない時間、空間、身体の記憶の交錯した構築物であるから、それを再現する手がかりが失われると、全く表層の意識に達する膨脹力を失ってしまうのである。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.240)


     この意味沈殿の中に埋没した過去が意識の中に戻ってくる過程は、夢の中において起こることと対応する。 夢の場合は、回想された記憶と異なって、時間、空間の同一性は、不可欠の前提ではない。 夢においては、回想された過去よりもいっそう深層に属する過去の記憶が立ち現われる可能性が大きい。 その過去は、我々の覚醒状態に使う慣習化された言語では、再現され得ない部分を常に残す。 この状態の意識においては、意味するもの(シニフィアン)が浮遊状態になって、覚醒時では考えつかないような結合作用を相互に惹き起こす。 こうした浮遊状態をA・シュッツ「多元的現実」と題する論文の中で次の如く説明する。
       覚醒時の世界の沈殿した経験は、こうして、一言でいえば分解され、別の方法で再構築される。 自我はその手持ちの経験を、説明のための、一貫してぴったりと統合された枠組として寄せ集めておく必要がなくなる。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.240〜241)


     夢の形をとって立ち現われる「現実」の像は、周縁性がいっそう大きいということができる。 夢を通して立ち現われる現実は、いっそう謎がかっており、「混沌」の側に近いと言いうる。 この中においては、現実を構成するイメージは、場合によっては、ほとんどその反対物と隣り合わせで立ち現われることができる。 事物は渾沌と闇の傍らで、原初感情の輝きにひたされて、日常生活の中では沈殿していて立ち現れることのない姿を示す。 そこでパッチは、夢の探求は、人間性の過去の壮大な研究の部分をなし、歴史の匿れた部分の再構成の部分を形成するので、この研究は人間科学の基礎部分を形成するという。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.241)


     3 社会における「中心」と「周縁」

     こうした文化における中心的象徴の役割を論じた後に、シルズは、中心が政治的世界において必要とされるのは何故であるかという難問を提出する。 彼自身は、「人は彼らの身体よりも大きい拡がりを持ち、彼らの平板化した日常生活よりも、現実の究極的構造において、より中心的な象徴との接触の欲求を持っている」からであると説く。 この視点を生かすなら、政治はよりインテンシィヴに生きるための技術であり、中心は、よりインテンシィヴなものの象徴として、絶えず異なる次元で生きなおす途を示す場であるといえるのかも知れない。 しかし、それは同時に、日常生活の中では顕在化しない潜在的な現実、人間心理のより深い部分の触発という行為に人を導くことをも意味する。 もちろんシルズは、ここまで言い切ろうとはしない。 しかし、彼は、政治への欲求は、想像力、理性、知覚力、感受性といった資質と肩を並べる能力のようなものであると説く。 こうしてシルズは、一人の人間が、その資質、感受性を通して「中心」へのかかわり合いに捲き込まれていく時に働く政治世界の論理を説明し、同時に、そうした「中心」に対する反抗に様々の立場のあることを説く。 この中でも、我々に興味深いのは、「中心的価値体系の象徴を含む中心と、緊密で実際的な関係を持ちながら、その結びつき方が否定的であるような人がある」という指摘である。 似たような両義的関係は次のような形でも述べられている。
       同じく大事なのは、中心の象徴と肯定的でありながらより一層緊密で実際的な関係にあり、その結合は余りに鋭角的で、純粋で、決定的であるゆえに中心的な機構体系のエリートの特徴である毎日の規律に対する違反を寛恕できないという人たちである。 これらの人たちを中心にして、往々、中心的な価値体系、さらに中心的な制度の体系に対する鋭い反対勢力が形成される。 こうした人たちの中から完璧でないものは恕(ゆる)せないとする予言者なり、革命家なり、教条的イデオローグが出てくる。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.249〜250)


     コミュニタスの表面化しやすいきっかけとしてターナーが挙げる第二の要素は、他所者性アウトサイダーフッド)である。 これは特定の社会組織の構造的組み合わせの外部に身を置く状態である。 このような他所者として、ターナーは、シャーマン、占い師、司祭、僧院で隔離状態にある者、ヒッピー、サーカス道化、ジプシーを挙げる。 しかしここで、ターナーは、我々にとっていささか重要な指摘を行う。 彼は、こうした役割に現われる他所者性は、「周縁人」とは区別されなければならないという。 彼の周縁人とは、社会的な規定も文化的な基準も異なり、時には相反するような二つまたはそれ以上の集団に同じ時期に属しているような人間をいう。 彼が念頭におくのは、移住外国人、二世市民、混血、成り上り、階級的落魄者(デクラセ)、田舎より都市への移住者、変動下の非伝統的役割を演ずる女性といった存在である。多分、ユダヤ人を考慮にいれると、ほぼターナーの意味するところは推し量れるだろう。彼らの「構造」に対する立場は両義的であって、彼らは、時には最も鋭い批判者であるかと思えば、コミュニタス回帰の願望を断ち切って「構造」への帰依を希求するとターナーはいう。多分、ハインリッヒ・ハイネにこの立場の最も典型的な表現を見ることができよう
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.254〜255)


     我々の見るところでは、ターナーの「周縁人」は、狭義の他所者としての「異人」に置き換えることができるから、彼がいう「周縁人」と「他所者性」の間に明確な一線を引くのは大変難しいように思われる。 ターナーのいう「他所者」は、どちらかというと「内なる他者」と言い換えることができるのに対し、「周縁人」は、「外来の他者」という形に置き換えることができる。 その上で両者を共に「異人ストレンジャー)」という言い方で綜合的に捉えることができるはずである。 この場合、「外来の他者」は「異人性」の外在的(フィジカル)モデルであり、「内なる他者」は、その暗喩的表現の諸形態であるということができる。 他の章(第三章3)で示したように、我々にとって、「異人性」とは「周縁性」の暗喩的表現の一つである。 こうして、ターナーがジプシーをシャーマンと共に「他所者」に含め、移住外国人を「周縁人」の中に含める時生ずる自家撞着は、「周縁性」の概念をターナーのそれより、我々のそれに近づけることによって解決される。 ターナーと我々の違いは、こうである。 ターナーがコミュニタスの立ち現われる場として儀礼的「過渡性」を第一に、「他所者性」を第二に持ってくる。 その上で、「周縁人(マージナルズ)」を、この概念に付置する。 我々の試みは「異人性」の中にターナーの「他所者」も「周縁人」も含めるという点にある。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.255〜256)


     構造的劣性コミュニタスの関係は極めて近い。 構造的劣性の立場に置かれる人間は、それだけ、中心的価値から遠ざけられるので、強烈な情緒的共同体を形成する可能性を持つ。 日本の時代劇映画における「長屋」のイメージには、こうした情緒的共同体が濃厚にただよう。「長屋」においては、出自、階級的起源は解消され、相互の情緒的連帯が強調される。 確かに「長屋」は日本的文脈におけるコミュニタスの表現ということができるだろう。 それは、「長屋」外の階級的競合の社会の分割のイメージに対置される。暗喩的置換を繰り返せば、「長屋」のイメージは、近代における洞窟、または母性的原理に解消されるかも知れない。 「長屋」においては、過渡性(リミナリティー)という時間的表現、他所者性(アウトサイデッドネス)(異人性)という社会空間的表現、貧困という構造的表現がすべて顕在化し、それらの表現を通して情緒共同体(コミュニタス)という象徴的レヴェルが捉えられる。ある意味では「長屋」という時代劇映画、または大衆文学の最も人気のある空間は、近代日本の出世志向の社会における真のユートピアの表現であったかも知れない。
    (《文化と両義性 第六章 象徴的宇宙と周縁的現実》P.262)


    第七章 詩的言語と周縁的現実−−両義性の彼方へ−−

     ヤコブソンが強調した「唖然とするように結び合わせ」る知的技術こそ、「デクーパージュ」と並んで、象徴詩に始まり未来派ダダイズムシュールレアリスムあるいはモンタージュ理論に至る、二十世紀芸術の美学的ラディカリズムの伝統の根幹をなすものといえる。 日常生活の現実について生起する事象は、伝統的な詩の言語についても起こる。
       伝統的な詩的言語が硬化し、感知されなくなり、その書き誤りさえもが、申請冒すべからずと見倣される聖なるテキスト、そとつの儀式として、経験されるようになる瞬間が訪れる。 詩の言語はニスに被われ、転用語法も、詩的破格も、もはや、意識に対してなにものも語らなくなる。
    (《文化と両義性 第七章 詩的言語と周縁的現実》P.277〜278)


     紋切型になった詩法で喚起できるのは、最も表層の現実でしかない。 この表層の現実では、人は、意識の最も皮相な部分、慣用句の延長戦で捉えられる部分しか起動させることはない。 こうしたニスを取り除き、潜在的な現実を顕在化させるのが、詩的言語の使命に外ならない。 このような詩的言語の必然性について、ヤコブソンは先にも引用したように説いている。
       不条理の詩的構成が再び新たに喜びを与え、新たに怯えさせ、新たに衝撃を与えるためには、新たな素材の流入、日常言語の清新な諸要素の流入が、不可欠になる。
    (《文化と両義性 第七章 詩的言語と周縁的現実》P.278)


     またさらに、機械化した日常言語に対して機械化(=慣習化=自動化)しない詩的言語の役割ヤコブソンを始めとするフォルマリズムの理論化によって大いに強調された。 特にヤコブソンはこの間の関係を次のように表現する。
       音韻と意味との機械的(オートマティック)な近接連合は、習慣化すればするほど、ますます速やかに設立するようになる。 ここから、日常のパロールの保守性が生れる。 かくて、詩の形式は急速に死滅する。
       詩に於いては、機械的な連合(association)の役割が極度に抑えられる。 その反面、語の構成要素を分離すること(dissociation)が排他的に関心を引く。 分離されたものの断片は容易に組合されて新しい結合体となる。 死んでいた接辞が再び活き返る。
    (《文化と両義性 第七章 詩的言語と周縁的現実》P.278〜279)


     同じ文章の別の場所でヤコブソンは「語の本来の意味と転義としての意味との間には境界があるが、それを取払ってしまうのが、詩的言語に特有の現象である」と述べている。語が喚起する現実の像は、絶えず一対一という関係を詩に対して持っているわけではない(大三章1参照)。 語の意味はそれが置かれたシンタックスの中で、またその文が対応する環境の中で、微妙に、または急激に変化する。そうした意味性は一つの語において重層的に成立している。 日常生活の機械化した用法の中で話者自体によって意識されるのはその中でも表層的部分でしかない。 本来の意義と転義の間に常に明確な境界があるわけではないが、潜在的な部分を担う転義、または時には転義の彼方にある意味は、日常生活のありきたりの文脈ではなかなか表面には出て来難い。境界を取り払ってしまうというのは、潜在的な意味を表層に導き出すという行為に外ならない。 この行為を可能にするために、すでに我々が指摘したアルフレート・シュッツのいう「妥当性(レレヴァンス)」の体系間のスイッチの切り換えが行われる。その切り換えのために使われる言語技術が詩的言語と呼ばれるものである
    (《文化と両義性 第七章 詩的言語と周縁的現実》P.279)


     こうして守旧的な日常言語に対して衝撃的な詩的言語が対置される。 日常言語は、音韻と意味の機械的な結びつきの上に成立し、その習慣化によって維持される。 日常言語のシステムは現象学的な意味での沈殿化(セディメンテーション)の上に成立しエポケーによって保証されている。 日常言語は、物の指示能力の中でも、最も短距離的コミュニケーションを選択するから、迂廻的連想を必要とする意味作用は被われて、見失われてしまう。 この見失われてしまった意味作用を救出する努力、それが詩的言語に課された問題であるといってよい。
    (《文化と両義性 第七章 詩的言語と周縁的現実》P.279〜280)


     詩的言語の成立のための技法は数多くあり、ここでそれらを縷々と述べるわけにはいかない。 それは、ヤコブソン「最も新しいロシアの詩」においてフレープニコフの詩を素材として縦横無尽に論じつくしたところのものである。
    (《文化と両義性 第七章 詩的言語と周縁的現実》P.280)


     数あるこうした技法の中でも最も我々が注目するのは、言葉を「見慣れぬもの」にして、それが通常属している現実の文脈から切り離すやり方であると、ヤコブソンはいう。
       語の本来の意味と転義としての意味との間には境界があるが、それを取払ってしまうのが、詩的言語に特有の現象である。
    (《文化と両義性 第七章 詩的言語と周縁的現実》P.280)


     ここで、ヤコブソンは、我々がすでに第三章1で論じた多義的意味(ポリセミー)を問題の焦点に据えている。 語の潜在的意味とは、語の中心的な意味でなく、語がその「形態的」なアナロジーで、呼び寄せる意味、つまり、地口や謎においてその力を発揮するような周縁的な意味を指す。 それはとりもなおさず、語の「見慣れた」意味に対する「見慣れぬ」意味である。 事実ヤコブソンが《耳なれぬ語》の積極的効果を強調しているのは、我々のすでに注意したところである。《耳なれぬ語》は、それが置かれるシンタックスの環境において、近接する語に感染し、「耳なれた」語までも「耳なれぬ」語に転化させてしまうという力を持つ。
    (《文化と両義性 第七章 詩的言語と周縁的現実》P.280〜281)