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   オリベッティ百物語(または おりべってぃの耳袋)

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いろいろな神話と伝説がつくられた
ここに書かれているものはそれらの一端である
がなにしろN昔の話である
記憶も混濁している
稗田阿礼もいなくなってしまった
あった話かなかった話かも書き綴る著者(達)も曖昧模糊
ただその精霊(スピリット)だけがここに百の物語として綴られる
さあ次はあなたのとっておきの物語を騙れ

お断り:以下の文章は事実とかけ離れた内容が記述される場合もあります。
それが事実だった場合に、当事者にとって毒を含む場合もあります事を予めお詫びします。
尚、この発句者だけの力量では三題話のうえに尻つぼみとなってしまう蓋然率100%。
投稿(及びちゃちゃいれ)大歓迎、ステキなエピソードを募集します。
目次  
001 EL
002 フライング
003 マフ0ア
004 ショールームのデモ
005 汎用機との戦い
006 超ミニディスク
007 パーソナルコンピュータ
008 青山二郎のタイプライタ
009 スカイトラベル
010 QERTY配列
011 ベータ・VHS戦争
012 DIVISUMMA物語
013 DIVISUMMA薀蓄
014 DIVISUMMA回想

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投稿、感想、ちゃちゃ歓迎!


賛助アイコン募集
014 DIVISUMMAの思い出【復刻版】

    ひょっとして、オリベッティ社の製品では一番多くの社員が関わったプロダクトではないかと思えてきました。
    新ページを作成して思い出のページとさせていただきました。
    さあ、あなたの脳(記憶力)も若返るぞ!皆様の投稿をお待ちします。
 というフリで、思い出話と貴重な半手作り工業技術遺産の写真まで出てきたのである。

 その『DIVISUMMAの思い出』をここに復刻版として上梓するのである。
 DIVISUMMAの思い出

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013 DIVISUMMA薀蓄物語【復刻版】

    『DIVISUMMA物語』に、長老であらせらる、憲坊法師翁がからんで来た。
 のである。憲坊法師翁は、声がでかい(騒々しい)上に、理屈が通るのである。
かてて加えて学卒一期生。直下の年代の後輩はとても太刀打ちが出来ないのである。
それが相乗して、太刀打ちが出来ない(屁)理屈には磨きがかかり、 トリリンガルと雑多な博学で話が高尚ハナシになるのである。
時には「社員番号何番だ!」などという禁じ手にはまり、封じ込められてしまうのである。
聞き手は右の耳から左の耳へと聞き流すか、うなづくかしか出来ないのである。
経年変化で偏屈力もある。
 この難敵(風車)を倒すのは(仮に返り討ちにあったとしても)イガラシくらい しかいない。幸い天然の偏屈力も持ち合わせているのである。重箱の隅を突付いてでも立ち向かうのである。 果たして、一矢(いっし)を報い、閲覧読者の方々には、ほんの少しでも 溜飲を下げてもらえたでしょうか(((^^;。

 というほどの内容ではなく、殆ど酒の席の馬鹿話の様相ですが、
 その『DIVISUMMA/薀蓄物語』をここに復刻版として上梓するのである。
 DIVISUMMA/薀蓄物語

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012 DIVISUMMA物語【復刻版】

    吾輩は、計算機らしいのである。名前はまだわからない。
 と書き始めた、あの『DIVISUMMA物語』をここに復刻版として上梓する。
 DIVISUMMA物語

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011 ベータ・VHS戦争のようなもの
ERTY配列とオリベッティのQERTY配列の 続き話ですが、項目立てをして数を稼ぎます(^^;
題して、副題「こだわりの”M”キーの謎」
   
    Mの配列も本当に違っていたのでしょうかね?

    はい、[M]の位置も違うのです、今回画像でもその画像がありますので、
    白洲次郎氏のハガキ写真も取り付けミスではない事がわかります(^^;

    有難うございました!**さんが一番喜んでくれるでしょう。
    “M”の件は初めて気付きました。教授にも知らせます。 多謝

    ちなみに**さんは“M”の件は知らなかったようです。
    タイプを売っている専門家が知らなくてどうするの!…と、
    慰めて?おきました。

    ところで、olivettiでは何時から(どの機種から)“M”が 今の位置になったのでしょうかね。ご存知でしたら教えて下さい。

    ”M”キーのことは、わたしはつい2日前に、「白洲次郎のタイプライタの キー配置は正しかった」事についての裏付がとれたばかりですので、これ以上 の知見はありません。
    ただ、今回の他のキー配置をじーーーっと眺めると、機種による遷移ではな く、QZERTY配置の時にはMの位置も違うといえるのかもしれませんね。

    と書き進めて、何故Mの位置が違うか、わたしはわかってしまいそうな気が してきました。こんな事を思い付くのは世界(OLIVETTI)広しといえ ども恵比塵だけです。Mの位置が違う理由は、恐らくQZERTYデザイン者 が、この様に考えた。

     「N」と「M」は刻印が似ているので隣にあると間違えやすい。

    という奥会津のような気づかいがあったのではないかと愚考するのです。
    これは、是非とも博物館長に確認願いたいところですね。
    お知り合いの教授の方にも納得していただけるような気がします。
    ここにまたひとつオリベッティ伝説が始まる・・・・(((^^;

    ”M”キーの謎は面白いですね。
    W、Z、Mはolivetti独自の配列だったのでしょうか?
    他社の昔の機械のキー配列を見たいですね。
    それにしても、変更した時、愛用者からクレームは無かったのでしょうか?

    >> それにしても、変更した時、愛用者からクレームは無かったのでしょうか?

    どうでしょう、その時代?は個人使用というよりも、職業としてのキーパン チャーという専門技能職があったので、難しい(ややこしい)ほどありがたが られた可能性も考えられますね(^^;

    >> W、Z、Mはolivetti独自の配列だったのでしょうか?
    >> 他社の昔の機械のキー配列を見たいですね。

    この↓本あたりにエピソードなどで載っていそうな気もします。←想像。

    >>【キーボード配列QWERTYの謎】
    >>安岡 孝一, 安岡 素子 価格: ¥2940 (税込) NTT出版(2008/03)

    わたしはこの本を蔵書していませんので、ご恵送(贈呈)いただければ調べ ます((((^^;

     ・ ・ ・ 
 という経緯の後で、元、投稿御依頼者から後日談が届きました。
    Subject: QWERTY配列&“M”配列について
    表題の件、例の教授からの情報では、オリベッティ資料館で担当者に 聞いたところ、レミントンランドの市場支配によってQWERTY配列が 主流になり、それに従わざるを得なかったということでした。

    数の論理が、デファクトスタンダード。
    タイプライタ業界にも、ベータ、VHS戦争のような事態があったわけですね。
   

 画像は、「オリベッティ歴史博物館」を訪ねてよりお借りして、一部切取りしました。

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010 QERTY配列とオリベッティのQERTY配列
オリベッティ同窓会のHPに、「オリベッティ歴史博物館」を訪ねてという、投稿が掲載されている。 オリベッティのこだわり文化についての論考がある。
その内容と本文は、「オリベッティ歴史博物館」を訪ねてを閲覧していただくとして、 その中に、
 Lettera32はキー配列がQWERTYではなく"QZERTY"配列だった
という文章がありました。
1950年代からタイプライタとテレタイプでは、キー配列を変えていたというのです。知らなかった。
昨年「白洲次郎と白洲正子展」へ出かけ「白洲次郎が愛用したオリベッティのタイプライター」 の実物を見てきた。その写真の絵葉書も買った。その葉書の一部分がこの画像である。
その時に「なんかおかしい」とは気付いた。Z位置とW位置が逆。間違いでは ないのかと思ったが、Mの位置も違う事とその他の文字(DやFの刻印向きが ずれている)も微妙なので、分解掃除で取り付け間違えたのか?程度に思って しまった。その程度の気の止め方だったので、それ以上調べることもなかった。
もったいない事をしました。これが、オリベッティのQZERTY配列タイプライターだったのでした。
ご長老の方々からは、
 「あったりめぇのこんこんちき、お前の社員番号は何番だ?!」
と言われてしまうかもしれません。 はい、社員番号4168でした。


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009 スカイトラベル
出張といえば、不肖、私もいいかげんな出張を重ねてましたが、
ある支社で「スカイトラベル」とゆう専門用語を、耳にしました。
接待費が少ないO社では「空出張」をでっちあげ、
スカイトラベルと称して飲み代をひねりだしていたようです。
よくあるはなしですが、その表現がスバラシイと、つまらぬことに感心したものです。
(WAT氏のついで話より。09/04/03)

 新しい空港名まで作ってしまった人もいたそうです(^^;

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008 青山二郎(改め、白洲次郎)のタイプライタ
 2007年7月8月と世田谷美術館では「青山二郎の眼」展が開催されました。
OBの方から招待券を入手した複数のOBは美術館に出掛けて眼福にあずかりました。
その関連メールで拾った、オリベッティの話題。
    ・・・青山二郎が愛用したタイプライターはオリベッティの「MP1」というポータブルタ イプライター1号機であったということをご存知でしたでしょうか?
    昨日、ふらっと本屋に寄って新潮社のとんぼの本「天才 青山二郎の眼力」 を見ていたら出ていました。
    天才が選んだタイプライターはオリベッティ・・・     /&T's****

     全く知りませんでした。 白洲次郎なら使いこなしていても当然のような気も しますが、青山二郎にタイプライタは似合いませんね。 小林秀雄氏あたりから 骨董の(借金の)かたにでも取り上げたのでしょうか(^^;/五

    暑さでちと頭が・・・・
    五**さんの青山二郎にタイプライターは似合わない、という フレーズでハッとしました。
    間違い・・・・だ!!!
    つまりは「天才 白洲次郎の眼力」が正しいもので「じろう」つながりで 間違ってしまいました。
    白州次郎ならオリベッティのタイプライターはピッタリですね!!!
    というわけでたいへん失礼いたしました。
    MP1のポスターつけときます。1932年製造です。
    夏休みとらなくっちゃ・・・  /****DESIGN
 ということで、MP1のポスター画像が入手できました(^^;

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007 パーソナルコンピュータ
 多くの評論家やパソコン関係者は、パーソナル・コンピュータの第一号は、NECの商 品が最初と思ってられます。んがしかし、その3,4年前には既に、商品名に「パーソナル コンピュータ」という名称を使った商品がありました。それは、オリベッティのP602 です。
 これは、その当時の当事者のトレビア証言。
 (はい、確かに、オリベッティが、)
 プログラマ「P101」、「P203」についで発表された、「P602」(広報日は、 1970年後半か、1971年の始めの何れか?広報時に添付したカタログの印刷コードは、 COD.70225PA となっています。)が、日本で始めてパーソナル・コンピュータという呼び 名を採用した最初の商品で、カタログにも明確に、オリベッティのパーソナル・コンピュ ータ P602として記してます。(澤)
へぇヘェへぃヘィへいヘエヘエ〜、70ヘー。
 後記:P602のパンフレットをお持ちの方!

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006 超ミニディスク
 現在のフロッピーディスクよりも小さいミニディスクという記憶媒体があった。直径2 インチくらいではなかったか。記憶方式がトラック、セクターではなく昔のレコード盤と 同様に、渦巻き式に記憶されていた。つまり媒体としてはディスクであるのだが、ダイレ クトアクセスやランダムアクセスではなく、シーケンシャルアクセスなのである。
 この超ミニディスクは、8インチのフロッピーディスクを加工するときに出来てしまう 真ん中の穴の部分の磁気状円盤を使用して作成された、というのがもっぱらの話であった。 (甚)

 後記:現物をお持ちの方はいらっしゃらないだろうか。備品を持ち出したとしても、も う時効でしょうし(((^^;

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005 汎用機との戦い
 世の中は農協のオンラインの始まりの時期であった。ただその時期にオリベッティに所 属していたというだけで美味しい思いをした部長も少なからず存在していた。いや、今回 の話題はその部長連の話題ではない。

 オンラインで接続する為には、日本の三大コンピュータメーカーと外資系の汎用コンピ ュータメーカーなどとの接続が出来るかが大命題であった。こちらは256Kのフロッピ ーディスクがついているかそれとも紙カード(256バイト!)でプログラムをロードす るのであった。プロトコールについても先方主導型なのでおもちゃのような計算機(コン ピュータ)は端から相手にしていなかった。
 お伺いを立ててはじめて
 「繋げられるものなら繋げてみなさい」
といったところであった。
 これが日本オリベッティのオンライン技術の基礎を作ることになった。アナライザーを 持込み、日夜その接続のやり取りを眺めては試行錯誤したものである。何せプロトコール (仕様)などは公開してくれないのだ。今でもH氏などは新人のソフトウェア社員に
 「プログラムを調べる前に、アナライザの音を聴け!」
と教育している。

 ある日、ホストコンピュータを提供しているN社から
 「××県信連からクレームが来ている。オリベッティの端末との通信が遅すぎる!」
との事であった。県単位の稼動であるからその様なトラブルが1台存在したらその県への 納入はゼロになってしまう訳である。まさにオールオアナッシングの瀬戸際。そこにオン ラインプログラマーは立ち上がった。(♪チャララチャラチャララー←ここ、ProjextX)
 「アナライザの音を聴け!」
じっと耳を澄ませた。飲まず食わず、不眠不休で一週間張り付いた。プログラムのソース は見ていない。ただひたすらアナライザの「風の音を聴」いたのである。そして、燃え尽 きる瀬戸際にこう言った。
 「遅いのはホストコンピュータだ、」。

 それを聞いたオリベッティの管理者もわが耳を疑う。まさかホストに原因があるとは報 告出来ない。どうするか、小心な管理者は2日程悩んだ。管理者といってもオリベッティ の管理者は若い、半年在籍すればスーパーバイザーという時代もあった。悩んで悩んで、 部下を信じることにした。というより、これは自分では解決できないので仕方のない事で ある。えぃぃままよ、とN社に報告した。それを聞いたN社のSEとプログラマは一笑に 付した。
 「そんな数Kしかないプログラムに汎用機が追いつかないとは片腹痛い!」と。
しかし、その時天下のN社にもIBMのOSの真似をするだけではない優秀なソフトウェ アの人材も存在したのである。その技術者がふと気づいたことがある。
 「うちのプログラム(OS)は、オリベッティのプログラム(OS)よりも100倍も 図体がでかい、、、」

 慧眼の読者は既にお気づきであろう、汎用機はアプリケーションプログラムとOSの間 で「手続!手続!手続!手続!手続!手続!」で動いていたのに対してオリベッティのソ フトは殆ど脊髄反射で反応していたのである。こんな事があってからオリベッティの社員 はN社にもヘッドハンティングされていった。オリベッティスピリットがこうして世の中 にじわりと染み込んでいった。 (嵐)

 後記:「ACOSがオリベッティの端末に負けた」というのは、筆者が目黒のスナック で日○電気の社員から聞いたホントの話です。

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004 ショールームのデモ
 さる外資系の製薬会社があった。統計と検定ソフトに興味があるという。どうしてもデ モを見てみたいとの事であった。応接室での商談となる。この頃はお客様も飛び込みで入 ってきたのである。
 そのデモで確かめてみたいデータがあるというのだ。何やら手書きの表のようらしい。 この頃は、EXCELも無かった、定規で引いた罫線付の用紙である。データ入力の為に、 ちょっとお借りしてコピーをして良いですかと尋ねると、透明のクリアフォルダに入れた 用紙を手渡してくれた。
 コピーをしようとすると、その間から少し小さい紙が滑り出た。何気に見ると、「×月 ×日までに」とある。ある新薬の検定結果を××に提出しなければならないとの内容であ った。それも差し迫った日程である。つまり、デモでのお試しの振りをして実際の検査結 果の統計検定をしてしまおうという事なのである。ここで結果を得られればウン百万もす るP652のセットも購入しなくても済んでしまうという事である。
 それに気づいたI氏は担当営業のK氏に進言。
 急遽、本日のショールームは予約が入っていることにした。社内に残っていた社員を俄 (にわか)仕立てでお客様という事にして、営業のT氏が説明員として偽(にせ)デモを 開催することになった。K氏はあたかもいつになったらデモが終るのかといった風情(ふ ぜい)で来訪者にショールームを覗き込ませる。そうして偽デモはお客様が待ちきれなく なるまで延々と続いた。
 これらのソフトが元になって、某検査会社の検定ソフトウェアパッケージは出来上って いる。 (郎)


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003 マフ0ア(パチンコ店への売り込み)
 品川は港南、今でこそ大会社のビルが林立してオフィス街となっているが、昔は小さな 商店街とパチンコ店と一杯飲屋と焼肉屋くらいしかなかった。そのパチンコ店にある営業 がプログラマブル電卓を販売した。が、そのパチンコ店ではその機械を使いきれなかった。
 ○入りの社長が出てきた。その筋(すじ)風のご風貌と着こなしである。担当営業に、 「もって帰れ!もって帰らないと、わしんとこの××組に動いてもらうぞ!」と怒鳴りつ けた。
 するとこの営業、ビビルこともなく「あなた様のところは××組なのでしょうが、私ど もの会社は本国イタリアの会社でマ○0○とも繋がっているのです。」と切返した。「う っ」と詰まったその社長、それ以降は穏やかに歓談。(十)

 後記:ホンマかいな?とお思いでしょうが、営業のH氏だったかE氏のほぼ事実に基づ くエピソードです。本当はビビッたのかもしれない。

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002 フライング
 営業所には、フライングという一角があった。大体は入口から入って奥の方 で、長いテーブルとか棚がありその上にはタイプライターやプリンタとかP6 03などがおかれていた。
 技術系社員は殆どが緑色の作業服(制服)を着ていた。カッコイイのである、 といってその社員の風貌とかではなく制服のことだが。白衣を着た社員もいた。 少しうらやましかった。
 P603、P652は重かった。納品の時には、総務のYさんがせっせとワ ックス掛けしたものである。(三)

 後記:「フライング」だったと思うのですが、この意味の分る方はいらっし ゃいませんか。

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001 EL
 まだ、技術といえばメカの調整が主だった時代のオリベッティの技術部門に 電子回路のみを扱う特殊な組織が存在していた。
その組織名は、EL(Electronics Laboratory)という。技術部門の秘密特殊 部隊である。当時の紙テープといえば、丸穴7孔の時代であった。そこに角穴 5孔という奇天烈紙テープの認識回路を作成したのはEL秘密部隊であった。 何と、7−5=2ビットのハンディを電子回路という手品で解消してしまった のである。漢字もどきも表現できるぞ。そりゃあイタ公もびっくりさ。これが ハポンの農協で大当り!
 秘密部隊であるから、彼等が日夜保税倉庫でこの回路を入替えていたことは 歴史の闇に葬られている。(五)

 後記:以前にポータルサイトに「EL同窓会」の写真が掲載されたときに、 「ELとは何ですか?」との問合せがありましたのでこの第一話を思い付くネ タとなりました。
 ”技術部門にEL(Electronics Laboratory)という電子回路のみを扱う特 殊な組織が存在していた。”事と、”角穴5孔”の存在以外は嘘(の筈)です が、ホントのことは筆者もわかりません。誰か教えて下さい。

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