恵比壽塵報(略称/恵比塵☆YEBIJIN)
YEBIsu Journal Ironical News columns : Japan Intelligence Network
[指定頁切出表示]
[09/04/05]
======================================================================
■[恵比壽塵報]65号:ビックボールビレッジの秘密の挨拶−大玉村−
======================================================================

 恵比壽塵報64号では、 地名の呼称発声の区別による「よそ者判別機能」という新説を捏造(ねつぞう)してみた。
 本稿は、その続編ともなる「しぐさによる出身者判別機能」の実例である。

 09年4月4日、都内はほんのり曇り空、絶好の花見見物日和であった。
 恵比塵記者は、97年春からあるきっかけにより、毎年この季節には谷中墓 地(霊園)での花見とあいなるのである。(#1)。

 今年も出掛けたのである。十年以上にわたり毎年出掛けるわけであるから、 我らがグループは既に谷中墓地の花見グループとしては老舗グループである。 ほぼ毎年定位置を確保出来る。お隣の上野公園とは全く違う、しとやかさと静 謐を感じるのである。静謐とはいえ、花見は花見なのでしとやかな喧騒もある。 お花見の穴場である。これ以上宣伝すると、墓場の穴場が穴場になくなってし まいそう(まさに墓穴を掘ってしまいます)なので説明は控える。

 さてそのお花見であるが、97年からの数年間はバーベキューなど火器持込 は全く問題なかったのであるが、数年前には桜の木にべたべたと「火器持込厳 禁」の張り紙が出たのである。それは06年4月8日の光景であった。曰くコ ンロ等火器持込み禁止、歌舞音曲禁止ここは霊園である等々。谷中花見組の常 連は紳士淑女ばかりである。決定してしまったルールは守るのである。ケータ リングが出てきたのもこの頃からかも知れない。

 今年は、参加者の差し入れが大分多い。当然もったいないもの(酒類及びお つまみ等)が余ったりする。今年は隣のグループは、青年グループであった。 宴も酣(たけなわ)となると、隣のグループと交流なども始まる。幹事のC女 史が隣のグループに差入れをしたお返しに菓子類を貰ってきた。みると、筆者 にはなじみの菓子類ではないか。「ゆべし」「薄皮饅頭」(うすかわまんじゅう)「ママドール」 である。福島県産の全国区候補となるお土産物である。聞くと、隣のグループ の参加者の一人が持ち寄った菓子類であるというのである。
 宴酣ではございますがの時間となって、ブルーシートを片付け始める頃に、 筆者も、隣のグループに出掛けてみた。

 以下は、立ち話(座り込んでの会話ではない)でのやり取りである事を前も ってお断りしておく。相手は二十代と見える好青年である。

 「俺は奥会津出身だが、おめはどっから来た?」
 「んと、ビックボールビレッジです。」
 「な、なに?」
 「ほら、大玉村です。」
 といって、青年は筆者の股間をズボンの上からさするのである。
 慌てて腰を引きながら、
 「こら、あ、大玉村か。知ってる知ってる、」

 話をしながら、大玉村という言葉が出るたびに、相手の股間を触るのである。
 この青年は本日大玉村から出てきたのではなく、都内在住者で大玉村出身と のことである。どうやら、大玉村出身者は言葉だけではなくしぐさ(行為)で 大玉村を表現するのである。ただ、この事例は初めてのことなので、びっくり したのと、この好青年だけの固有の表現方法なのかは確認出来なかった。

 おそらく、大玉村では出身者の振りをした詐欺来訪者やよそ者を判別する為 に、相手の股間を触るのではないかと想像したのである。なんとも南東北地方 特有のおおらかな風習ではないか。
 そのときに青年の名前も聞いたのであるが、酒気帯びの上にメモをしなかっ たので失念してしまった。従って、本記者が本論の信憑性を確認するには、来 年の花見まで待たないといけない。ただし、その青年が来年の谷中の花見に来 たとしても、期日が一致するとは限らない。

 本紙は本当の結論の探求の為に、短兵急な判断はしないのである。
 とりあえず、この記事は「(仮説)大玉村出身者による『よそ者判別機能』 論」として、上梓しておく。
 もしもこれが大玉村の風習として成立しているとすれば、不埒ではございま すが、その成立時期は戊辰戦争ではないのかと考えられなくもない、立地位置 にあるのです。

 筆者は、新たな都市伝説の誕生に立ち会ってしまったのだろうか、それとも 既にギャグとして巷間に流布しているのか、、、股間だけに、、、


《後記》
福島県安達郡大玉村、地図で調べてみると、大玉村の地名は「大山字××」と 「玉井(たまのい)字××」、つまり、字(あざ)部の地名を除くと大山と玉 井という2種類しかありません。これは、大山村と玉井村が合併して大玉村と なったという事でしょうか。ま、まさか、昭和初期の大合併の時期にか?知ら ないで済ませた方が幸せということもある。これ以上の探求は本65号の存在 (没!)にも関わってしまうので、ご判断は賢明なる読者の調査とご判断に任 せる事にしましょう。

《公開版:大事なお詫び》
駄法螺を吹くにもほどがある!
一抹の不安を持ちながら、福島県安達郡大玉村を調べてみました。
  福島県大玉村の情報
   http://www.jplocal.com/ujiturn/07322.html
 どうやら、U(I,J)ターン希望者向けの、地域情報提供サイトのようです。
 この記事によりますと、
    町村制が施行された翌年の明治22年に大江村と椚山村が合併し、 大山村となった。昭和28年に施行された町村合併促進法に基づき、 昭和30年3月31日に玉井村と大山村が合併し現在の大玉村とな る。
 ということで、本紙の歴史的指摘(予想)は、「大山村と玉井村が合併して 大玉村となった」ということ以外は事実無根でございました。それも昭和30 年の事で、「昭和初期の大合併の時期」よりももっと後期でございました。訂 正してお詫びとして、本文当該箇所には、赤線にて削除行としました。

恵比壽塵報は、福島県内15村も応援しています。09年4月現在の村名(あいうえお順)一覧。
いいたて飯舘村(相馬郡) / いずみざき泉崎村(西白河郡)/ おおたま大玉村(安達郡)/ かつらお葛尾村(双葉郡)/ かわうち川内村(双葉郡)/ きたしおばら北塩原村(耶麻郡)/ さめがわ鮫川村(東白川郡)/ しょうわ昭和村(大沼郡)/ たまかわ玉川村(石川郡)/ てんえい天栄村(岩瀬郡)/ なかじま中島村(西白河郡)/ にしごう西郷村(西白河郡)/ ひのえまた檜枝岐村(南会津郡)/ ひらた平田村(石川郡)/ ゆがわ湯川村(河沼郡)
----------------------------------------------------------------------
■恵比壽塵報(略称/恵比塵☆YEBIJIN)発行処:澁谷区恵比壽/日知網内■
■恵比壽塵報■ http://www.kkjin.co.jp/yebi_jin/
バックナンバーリストへ

YEBIJIN certification : Designed by WAT ( since 2009/01/21 )

■お断りの説明■
本ページに掲載されている文章は、数名の方々へ同報メールしていたものを転載しています。 つまり私信としての扱いで書かれた雑文を元にしていますので、公開(掲載)時に一部訂 正削除、伏字としてある文書があります。また、内容によっては文書全体の公開そのもの を非公開としているものもあります。
一部に苦味の混じる表現がありますがそれは風味です。毒ではありませんので、そのままご賞味下さい(笑)